事業承継ストーリー

自転車で地域の未来を切り拓く。3代目が受け継ぐ「地域に奉仕する乗り物の総合商社」

古くから、日光を訪れる際の宿場町として賑わっていた栃木県の鹿沼市。新鹿沼駅から徒歩5分ほどの場所にあるのが自転車卸売店の「大倉ホンダ販売株式会社」です。栃木県初のHONDA代理店として、70年以上営業を続け、現在では県内最大の自転車卸会社となりました。

そんな大倉ホンダ販売で現在取締役を務めるのが、創業家3代目の鷹羽知子さん。お祖父様とお父様から「自転車とオートバイの問屋」を引き継いだ経緯、ご自身で開拓した新規事業やこれからのビジョンについて伺いました。

家族の働く姿を見て育ち、自然な流れで家業を手伝いはじめる

大倉ホンダ販売株式会社の3代目、鷹羽知子さん

自転車やサイクリングを愛してやまなかったお祖父様、ビジネスマンとして事業を堅実に拡大させたお父様。そんなご家族が幼い頃から“身を粉にして働く”様子を間近に見て育った鷹羽さん。学校帰りには仕事場に立ち寄るのが日課。まさに“商売がくらしの一部”の幼少期を過ごされました。高校卒業後には英語の専門学校に進学、卒業を控えた夏休みに転機が訪れます。

鷹羽さん「就職活動時は世の中が好景気。『忙しいからちょっと手伝って』と夏休みに声をかけられて、軽い気持ちで手伝いを始めました。

同級生が有名ホテルや旅行代理店などに就職が決まっていて、夏休みが終われば私も就職活動しようかなと思っていたんです。でも、当時金庫番だった専務の叔父から『家に入った方がいい』と勧められて、そのまま自然な流れで家業を手伝い続けることになりました」

地図を片手に営業にも奔走。5年で商売の全てを叩き込まれた

今でこそホームセンターで取り扱われ、ネットでも購入できる自転車。しかし30年ほど前までは、自転車を買えるのは街の自転車屋さんやバイク屋さんという時代でした。

大倉ホンダ販売株式会社の卸先である販売店の年間売り上げは、多い時には1店舗につき1000台を超えることも。自社で配達までしていたので、配達しても配達しても終わりが見えないと、社員は嬉しい悲鳴をあげていたそうです。

今でも小売店さんまで自社で配達、手渡しでお届けするのがポリシー

鷹羽さん「最初の1年間は経理の仕事を教えられて、2年目からはいきなり営業を担当。スマホがない時代でしょ、地図を片手に自分でルートを決めて、いかに合理的にまわれるかを工夫しましたね。エリアは栃木県内全域。土地感がなくて、なかなかたどり着けずに大変な思いをしたこともありました」

忙しい時には販売店さんの接客も積極的にお手伝いをし、消費者のニーズを肌で感じたそう。さらに当時は女性営業マンが珍しくて周囲から可愛がられ、商売や内情を教えてもらいとても勉強になったと、懐かしそうに振り返る鷹羽さん。

「とにかく厳しく育てられました」と当時を振り返る鷹羽さん。短期間で卸問屋に関わる全てをひと通り経験し、商売の基本を叩き込まれたそうです。知識や自信がついてきた時には、入社して5年ほどの月日が経っていました。

やがてバブルは崩壊し、そんな時代も終わりを迎えます。友人のケーキ屋さんが経営難に陥りお店が存続の危機に立たされる出来事があり、「なんとかしないと!」と鷹羽さんは奮起します。これまで問屋で培ったノウハウを活かして再建のお手伝いを始めました。

最初は家業を続けながらケーキ屋さんの仕事も兼業していたものの、本腰を入れるために一度家業を退くことに。

鷹羽さん「ブライダル産業に営業をかけて、大手と契約まで結びつけました。10年弱の間に経営も安定しました。個人的にも結婚や出産というライフステージに差し掛かったので、一度ケーキ屋さんからは身を引くことにしたんです」

少しひと段落、と思っても時代が待ってはくれませんでした。家業の経営が傾きはじめていたのです。

大幅に減少した取引先、危機を救ったのは一軒一軒丁寧に向き合う姿勢

創業から変わらない工場。鷹羽さんは向かいの事務所兼住宅にお住まい

一時は500店舗あった取引先が、気がつけば200店舗に減少。販売店1店舗あたりの売り上げも目に見えて減っていました。

儲からないので廃業、後継がサラリーマンになるという同業者の現状を目の当たりにした鷹羽さん。大変そうな実家の様子を案じて、家の仕事を再び手伝うことを決意します。

鷹羽さん「外に一度出たからこそ気づけたことも多かったですね。うちは、ブリヂストンサイクルの代理店なのですが、メーカーさんが直に小売店さんに納めることもありライバル関係でもありました。そこで『地場のよく知っている地元企業が取引先になるメリット』を一軒一軒まわって、地域密着の強みを丁寧にお話させていただきました」

少しずつお客様に寄り添いながら、取引先の心を掴んでいき、大倉ホンダ販売は危機を脱しました。

初代が打ち立てた経営理念「地域に奉仕する乗り物の総合商社」

初代のお祖父様は鹿沼の老舗サイクリングクラブ「おはようサイクリング」を立ち上げるほど、無類の自転車好き。那珂川でサイクリングをする際には“屋形船の上に自転車を乗せて川を渡る”など面白い企画を発信し、栃木県の自転車業界を牽引してきました。

お祖父様は惜しくも鷹羽さんが小学校の時に他界し、当時50代だった2代目が急遽代表に就任。「不思議と気持ちがつながっていると感じることが多い」初代は鷹羽さんにとって、そっと背中を押してくれるような大きな存在だそう。

自転車の魅力は、自動車やバスでは通り過ぎてしまうような場所でも見逃さず、徒歩よりも早く移動出来るところ。そんな特性が鹿沼市内の「観光」にぴったりだと考えた鷹羽さん。

そこで2016年にスタートさせたのがレンタルサイクル事業「okurabike」です。初代の想いを承継しながらも「新しい自分の役割」を打ち出した試みです。

鷹羽さん「たまたまご縁があって始めた事業なのですが、問屋だから取り扱えるバラエティー豊富な自転車のラインナップで好評をいただいています。『レンタルの利用率が高く人気があるので店頭に飾ってもらえませんか?』と小売店さんに提案もできて、卸売り事業にもプラスに働いています」

トーキョーバイク製スポーツバイク、ブリヂストン製電動クロスバイクなどを貸し出す

お父様から反対を受けた新規事業と継承までの試練

しかしながら新規事業「okurabike」は、2代目のお父様からは猛反対を受けてしまいます。

2代目の事業の要となった稀代の名車、HONDAの“スーパーカブ”

70年もの歴史を紐解くと”石橋を叩いて渡らない”堅実派の2代目も、鷹羽さんと同じように初代から反対された物語がありました。

「商売人は大学に行くもんじゃない!商売を一から覚えろ」と初代に諭され、東京に丁稚奉公に出された2代目。心のうちでは、大学で経営を学びたかったそうです。

その商売とは、ホンダの創業者本田宗一郎さんがベンチャー企業だった時代まで遡ります。当時二十歳の2代目が「面白い乗り物が世の中に出てくるぞ」という噂を聞きつけて、東京駅八重洲口にある本田の本社ビルで発表された“スーパーカブ”と運命的に出会いました。会社の歴史が動いた瞬間でした。

鷹羽さん「父が現物を見て『これを栃木県で売りたい!』とおじいちゃんに相談したら、価格も高いし厳しいと反対されたそうです。『取り扱えないなら跡は継がない』と反対を押し切ってホンダの代理店栃木県第一号になりました」

今でこそ”世界のHONDA”。当時はどんな乗り物かも理解されておらず、なかなか売れなかったという苦い走り出しでした。その後の売れ行きは誰しも知るところで、今でも根強い人気を誇っています。

「大きな声では言えませんが…実は、父はまだ現役で退いていません。一から開拓した実績があるからか、簡単には譲りたくないのかも」と笑う鷹羽さん。

自転車で鹿沼の新たな魅力を発見、発信する

鷹羽さん「問屋って物流で、結局いかにたくさん物を売るかなんです。だけど、自転車を通して地域の方たちに便利で快適になってほしい。そして、乗る体験そのものが幸せや豊かさにつながったらいいですよね」

そんな想いが、レンタルサイクル事業を加速させました。友人のつながりからゲストハウス事業・グランピング事業と異業種連携を行い、サイクルツーリズム事業に乗り出した鷹羽さん。

「自転車は、他県から訪れた観光客と鹿沼の人とを、自然なかたちで繋ぐことができるツール」だと信じて、麻や木など鹿沼の地場産業と結びつけた体験型のツアーガイドなど、面白い取り組みを次々に仕掛けました。

そこに注目が集まり行政や企業からも白羽の矢が立ちはじめ、更なる挑戦が続いていきます。

「栃木県の観光が自転車を通して広がってゆく」そんな近い未来のビジョンを語る、鷹羽さんのきらきらと輝く印象的な目からは、計り知れない自転車の可能性を感じます。

地場産業を伝え、人と歴史と街をつなぐ。地元愛に溢れた企画が県内外で好評

実は、鷹羽さんには、この春から晴れて大学へ通い始めたひとり娘のお嬢さんがいます。彼女が自ら選んだ道は経営学。「キリンのCSVの授業が面白いっていうのよ」と嬉々として話してくれた鷹羽さん。代々先見の明がある一族、4代目の活躍にも期待が高まります。

文・湯之上仁美

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