事業承継ストーリー

廃業寸前の旅館を若者に人気の宿へ。ゲストハウス「雷鳥」のこれまでと未来

長野県松本駅から、バスと電車を乗り継いでおよそ2時間。ゲストハウス「雷鳥」は、バブル期にスキーリゾートとして栄えた「乗鞍(のりくら)高原」にあります。観光客が減少の一途をたどっていたこの土地で6年前に既存の宿を引き継ぐ形で開業し、インバウンドをターゲットにした経営戦略で、周囲でも頭ひとつ抜けた人気の宿泊施設に。今は宿泊だけにとどまらず、ツアー事業や地域プロモーション事業などの幅広い事業を展開しています。

「もともと温泉旅館をやってみたかったんです」と語るのは、オーナーの藤江佑馬さん。事業承継してから人気の宿になるまで、雷鳥のこれまでと今、これからのことについて伺ってみました。

地元の人に紹介され、見つけた温泉旅館

夏のゲストハウス雷鳥

藤江さんは千葉県生まれ千葉県育ち。小学校高学年の頃から地球温暖化に興味を持ち「いつか自分も環境問題に対してなにかしたい」という思いをずっと抱いていたそうです。環境について学ぶため、高校を卒業したあとは新潟大学の理学部自然環境科学科に入学しました。

大学で気象について学び「気象を通して地球環境の問題にアクションできないか」という想いから、大学卒業後は気象会社である「株式会社ウェザーニューズ」へ就職。営業やマーケティングの仕事をしていました。

入社当時から「いつか起業したい」という想いを持っていた藤江さん。東京や香港、シンガポールなど、国内外を飛び回って10年働いたのち、休暇で訪れたペルーで人生を見つめ直す出会いがあり退職を決意。昔からの夢だった「温泉旅館の経営」に向けて動き出しました。

 
オーナーの藤江佑馬さん

藤江さん「初めは温泉旅館の資金を貯めるために、浅草でゲストハウスをやろうと思っていました。ですが、すでに浅草には同じような事業をやろうとしてる人たちが結構いたんです。それで浅草はやめて、昔から憧れていたこのエリアで探し始めました」

学生時代の登山がきっかけで、乗鞍高原のある「中部山岳国立公園」に強い憧れがあったそうです。まずは仲介業者や不動産屋を使って、一般に出ている建物から探し始めましたが、1ヶ月経ってもなかなかいい物件に巡り会えませんでした。

そんなときに地元の人に紹介されたのが、ゲストハウス雷鳥になる前の建物でした。

藤江さん「オーナーさんがご病気を患っていて、宿を誰かに譲りたがっていると教えてもらったんです。そこで直接訪ねにいったところ、露天風呂に一目惚れ。ここで宿をやりたいという気持ちが固まり、話を進めさせていただきました。」

雷鳥自慢の露天風呂

以前から誰かに宿を譲ることを考えていた前のオーナーさんですが、国立公園内という特殊な条件が足かせになり、廃業できずにいました。雷鳥があった土地は市が管理しているため、廃業するときは建物を解体して更地にする必要があります。

解体にかかる費用はおよそ1000万円。なかなか費用が捻出できず、続けるしかない状況でした。そんなときに藤江さんが訪ねてきてくれて、オーナーご夫妻もとても喜んでいたそうです。

藤江さん「温泉も決め手の1つでしたが、営業を続けていたという点もポイントでした。営業しているかしていないかで建物の状態が大きく変わるんです。話し合いの中で営業権や建物を会社で管理していることがわかり、1番手続きが楽な事業承継という形を取りました。」

インバウンドをターゲットに事業を展開

上高地、焼岳から見た山の景色

中高年に対しては認知度が高く、それ以外の年代にはほとんど知られていなかった乗鞍(のりくら)高原。目をつけたのは、その隣に位置する有名な山岳観光エリア「上高地」でした。

藤江さん「上高地は国内外問わず非常に人気の観光地ですが、周辺にある宿泊施設は富裕層向けの施設ばかり。乗鞍高原からもバスで簡単にアクセスできるので、安価に宿泊できるゲストハウスという形態にしてインバウンドにターゲットを絞りました」

30分ごとに貸切できる木張りの内風呂

初年度から少しずつ業績を伸ばし、2年目に始めたツアー事業がインバウンドに大ヒット。スタッフを増やしながらどんどん事業を軌道に乗せていきました。

営業と並行して修繕も行い、時代に合わせた内装やデザインを取り入れています。想定より大きな建物を管理することになったため、修繕費や光熱費が思ったよりかかって苦労したことも。

宿の売り上げが安定するようになった4年目の夏に、地域の中心でカフェ「GiFT NORiKURA」を開業。藤江さん自身の大きな目標である「気候変動に対するアクション」を少しずつスタートさせました。

大好きな乗鞍高原を、サステナブルな地域にする

春の乗鞍高原

藤江さんは今「乗鞍高原をサステナブルな地域にする」ためにさまざまな取り組みを行っています。藤江さんの掲げるサステナブルには、地球環境を壊さず、持続可能な形で社会を作り直していくという意味が込められています。

大好きな乗鞍高原をサステナブルな地域にすることが、気候変動へのアクションと地域の将来に繋がります。乗鞍高原の主な産業である観光業も、観光客が来ることで地域に還元され、還元された分だけ、今度は地域が乗鞍の自然に還元していく「循環型」の観光業を目指しています。

藤江さん「今取り組んでいる事業は1人でできるものではありません。自分の事業とは違って地域全体で足並みを揃えなければいけないので、全体のベクトルを意識した戦略を練るのが大変ですね」

乗鞍に住む高齢者の中には、昔ながらのライフスタイルを大切にしている方も多いそう。だからこそ、地域の人たちと一緒に取り組んでいくために、丁寧に説明しながら物事を進めるように気をつけているんだそうです。

2021年3月には地道な活動が実を結び、国立公園として初の“ゼロカーボンパーク第一号”に乗鞍高原が選ばれました。2030年の炭素排出量ゼロを目指し、行政や地域と協力しながらさまざまな取り組みを進めています。

事業承継なら、無理せず事業を進められる

ワーケーション用に改装したゲストハウスの個室

偶然の出会いから、事業承継という形を選んだ藤江さんですが、事業承継で宿を始めて良かったこともあったと言います。

藤江さん「最近まで営業している建物を引き継いだので、そのまま営業し始めることができました。もし仮に1から宿を作っていたら、建物の部分にもっとお金をかけてしまっていたと思います。時代の変化やその時の状況に合わせて、少しずつ、必要な分だけ改修することでコストも時間もかけすぎることなく宿を営業開始できたのがよかったです」

事業承継で初期投資を抑えることができ、運転資金にも少し余裕ができました。一方で、有限会社を事業承継したことで苦労もあったそう。

藤江さん「2021年の8月に社名を『有限会社ホテル雷鳥』から『Raicho.inc』に変えました。事業承継したときは事業内容がゲストハウスだけだったので問題ありませんでしたが、地域づくりや飲食店などさまざまな事業を始めて、少しずつ違和感を感じるようになっていたんです」

乗鞍岳の山頂付近の景色

現在、宿の名前を「ゲストハウス雷鳥」から「雷鳥」に変えることを検討しているという藤江さん。もともと現代版の湯治宿として“ゲストハウス”という形態をとってきましたが、本来の湯治とは「1週間以上温泉地に滞在して、疾病や傷の温泉療養を行うこと」を指します。

今よりもっとリラックスできる場所にするには、ゲストハウスという言葉の持つイメージから離れることが必要でした。雷鳥をより良い場所にすることで関係人口を増やし、ここを訪れた人に「第2の故郷(セカンドプレイス)」と思ってもらえるよう、今も進化を続けています。

美しい自然や文化を残しながら、外から人を呼んで街を発展させていく。地域の人と協力して「持続可能なまち」へ突き進んでいく乗鞍高原と藤江さんの活躍に注目です。

ゲストハウス雷鳥のHP
カフェ GiFT NORiKURA

文・蜂谷隼太朗

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