九州のおへそ部分にあたる大分県日田市。筑後川の上流に位置し、市の中心には屋形船や鵜飼、鮎漁などで名の知れた三隈川が流れています。そんな九州の真ん中に、じわじわと熱を広げ、地元はもちろん、全国からさまざまなジャンルで活動する人が集まる場所、「日田シネマテークリベルテ」があります。
廃業寸前だった映画館を引き継ぎ、ヒトとヒト、モノとヒト、それらの真ん中で“つながり”を広げるのは日田市出身の原茂樹さん。承継への想いや、承継後の活動について話を伺いました。
廃業寸前の地域の映画館を承継
1991年に地域の映画館として創業された日田シネマテークリベルテは、長年に渡り地域住民を楽しませていましたが、シネコン(シネマコンプレックス)の台頭で2度の閉館を余儀なくされました。人口約7万人の日田で、小規模の映画館を続けることは非常に厳しい状況だったのです。
そんなとき、音楽仲間から「地元の映画館がなくなるかもしれない」と耳にした原さんは、会社員をしながらボランティアとして、日田シネマテークリベルテをサポートするように。その繋がりもあり、先代から原さんに承継の話が持ちかけられました。
原さん「実は一度、承継のオファーを断っているんです。もともと中途半端なことができない性格ですし、経営もしたことがない上、誰も成功していない映画館の運営には前向きになれませんでした」
一度は承継を断った原さんでしたが、故郷から映画館が無くなることは受け入れ難く、今こそ日田に恩返しができるかもしれないという想いから、2009年に事業を承継しました。
原さん「映画館を引き継ぐ前は、福岡で会社員として働きながら音楽活動をしていました。日田唯一の映画館、希少な35mmの映写機を残していかないと、って気持ちがありました」
全国各地から日田に訪れる理由
リベルテは映画好きだけではなく、全国各地の文化人やアーティストを引き寄せています。地域の人に限らず、多くの人がリベルテに集まるのには、原さんの映画や文化に対する愛情があるから。
原さん「もうアーティストではなく、映画館を存続させる為なので、意識改革というか『編集者である』ということを意識せざるを得なかった。何かと何か、ヒトでもモノでも、その真ん中に僕はいて、それらをつないでいくことをしています。それは、『映画とお客さん』だったり、『アーティストとお客さん』だったり…。
ただ、つなぎたいモノやヒトは、それぞれが“本気”であることが前提だったように思います。“同じくらい真剣か”ということが、繋がった人たちの共通点かもしれません。よく分からない“普通”という概念に人の思考が侵されていくなかで、『なんとかやってみよう!』と本気で思える人たちが集まってきて、何かを始める。
そういったものが誰かの心を打つはずですから、そういう人たちが孤独にならない土壌や土台をつくっていこうって感じですね」
館内には、上映スペースとは別に、カフェスペースや展示スペースを配置。引き継ぎ前よりも、映写室を狭くし、ゆっくりくつろいだり、関わりのある作家さんやアーティストの作品を販売するスペースを十分に確保しました。
そういった空間の構成も、つながりを意識したもの。お客さんは、映画終わりにゆっくりするもよし、すぐ帰るもよし。今回の取材中も上映後、原さんに『ありがとう』と挨拶をして帰る多くのお客さんの姿がありました。これが日常なのでしょう。
原さんをつくってきた“本気”意識
原さんは、高校野球の経験者。進学校でありながら、甲子園を狙える位置にいたといいます。実際に原さんの一つ下の代は甲子園出場を達成。この頃から、原さんの“本気”に対する想いは変わっていません。
原さん「進学校だったので、強い高校と当たるってわかると、チームの誰もが『負ける』と思い込んでいたんです。でも、甲子園に行きたい…。その想いは崩したくなくて、結果を出して、認められて、チームの意識を変えようと努力しました。そういう『イズムを波及させていく』ということは今でも変わらないですね」
“つなげた”ヒトモノでいっぱいの館内
館内は、原さんのつないだものがいっぱいに詰められており、映画の鑑賞スペースは全63席で、自由席形式。備え付けの古い木製テーブルがあり、カフェで買ったコーヒーなどを持ち込んでゆったりと映画を観ることができます。映写室には、35mmの映写機が健在。映写技師という国家資格を持つ原さんが、毎回フィルムをはめていきます。
自由席にしたのにも、お客さん自身が心地よい距離を選択をしてくれるように、という想いがあるから。“それぞれが心地良さを求めて自由に席に座っていく”その選択もリベルテのこだわりなのです。
展示スペースには、日田の民芸である小鹿田焼や親交のあるアーティストや作家の作品が並べられています。これら、映画以外のものについては、基本的に原さんはモノだけをセレクトしていません。どちらかと言えば、その人の考え方を見極め、共有し、共に生きてゆく選択肢をしているのです。
原さん「私にとって、リベルテという場所は“土”。“土壌”なんです。自分から種を植えるというより、向こうから風に乗って来てくれるというスタンスでいます。
もちろん、すべて受け入れるわけではないですが、場所自体に本気度や面白さ、コンセプトがしっかりしていれば、何度も話し合って、『こういうことしていこうか』、『こういうイベントをしてみようか』って自然になっていきます。そうやって関わってくれた人たちとの作品が生まれてきたって感じですね。これが自然体なのかもしれないと感じます」
心に根付き、開放される場所に
原さんが引き継ぎ、14年目を迎えるリベルテ。その名前の意味は「自由。開放する」。英語では「リバティ」。映画館という場所を通じて、関わる人の固定概念をほぐし、本質を引き出す、本気で信じて行動してみる。原さんはそんな場所を目指しています。
原さん「人って合理的にできないでしょ。よくない過ちも犯してしまうことだってある。なのに、社会が合理的になりすぎてしまっていて、人間味が薄れ始めているように思えます。そんな現代社会を乗り越えるチカラこそ自由な想像力。ファンタジーがこの現実を乗り越えられる大きなチカラだと思っています。
それは映画だし、音楽だし、文化なんですよ。このリベルテという場所は、神社や温泉みたいに、心から何か湧き出るような場所にしたい。映画を観ると、自分の気持ちが湧いてくるでしょ。湧いてくるといえば温泉。大分の温泉の源泉がいいように、リベルテも表面的ではなく、源泉の部分をいつも意識していたいと考えています」