大阪府大阪市、創業130年以上を誇る老舗工具箱メーカー「株式会社リングスター」。ここで家族や従業員と共に育ち、事業承継を控える後継者がいます。
お話を伺ったのは、リングスター6代目に就任予定の唐金祐太(からかねゆうた)さん。近年は主力商品である工具箱と釣具箱に加えて、唐金さんご自身の提案でアウトドアやキャンプに使えるマルチボックスを開発。新ブランド「Starke-R(スタークアール)」として発表するとともに、クラウドファンディングにも2回挑戦し、どちらも大成功を収めました。
自宅横に工場がある環境で育った唐金さん。父親でもある社長や、社員たちの働きを見て育つ中で「家業を継ぐ」という意識はどのようにして生まれたのでしょうか。
アルバイトと並行して夢を追う。モヤモヤを振り切って家業に入ることを決断
唐金さん「中高生のときに、自社工場でアルバイトはしていたのですが、長く続いたかといえば微妙です。高校卒業後は、学生時代に没頭していたバンド活動で夢を追いかけていて、そのときは頭の片隅に家業のことがあったものの、承継までは考えていませんでしたね」
そこから一変し、1年でバンド活動をやめて家業に入ることを決心します。きっかけは、育った環境や幼いころの周囲との関係が大きかったと振り返ります。
唐金さん「僕がランドセルを背負っているときから工場のみんなに『行ってらっしゃい』と見送ってもらったり、社内の慰安旅行にも連れて行ってもらっていました。そうした成長過程があるから、夢を追いかけながらも『次は誰が継ぐの?』とふと考えたり、父が『どないすんねん』と聞いてきたこともあります。
夢を追いかけながらもモヤモヤしている部分があり『こんなに考えるくらいなら家業に入ろう』と決心し、自ら父に頼みました」
当時、父親とのコミュニケーションがあまりなかったと話す唐金さんですが、家業を継ぐことは父親も祖父も歓迎してくれたそうです。
10年以上の現場経験。1からモノづくりを学び、覚悟を決める
唐金さんは最初、奈良の自社工場で6年間モノづくりを学んだ後に、物流を1年間経験。次に4年間の営業を経て、現在は取締役、マーケティング室長として事業承継への準備を進めています。
唐金さん「事業承継もいろんな形があると思いますが、うちはモノを作る仕事なので1から経験を積むために6年間、工場で育てて貰いました。モノ作りってそこを知っておかないと次へは進めませんから。
リングスターでは営業に携わる前に2週間の工場経験をするのですが、僕の場合は6年。長かったですけど、工場で育てて貰って良かったという思いが強いです。お陰でモノ作りに対する意識が磨かれましたし、営業部に移ったときにも自信をもって話すことができました」
130年以上に渡る工具箱作りの長い歴史。その重みがいい意味でプレッシャーとなり、「事業承継に対する覚悟ができたのは6年間の工場経験のおかげ」だと語る唐金さん。
親子だからこそ大切な父との関係性。努力と態度で示す、地道な日々
社長である父親はあえて、唐金さんに厳しく立ち回っていたと話す唐金さん。しかしそれは、長く事業を支えてくれる社員の皆さんへの敬意や配慮に加えて、唐金さんに対する成長と期待をする親心でもあったようです。
唐金さん「僕が提案することを、社員の皆さんの前ではすんなりOKはしない父親でした。息子だけに特別扱いをするような雰囲気を出さず、みんなの前で厳しく怒られることもありましたね」
働く中で見えてきた課題、それに対する新しい提案もスムーズに受け入れられることはなかったようです。
唐金さん「モノづくりの現場は気質的にアナログなところが多く、実際に働くなかで課題だと感じていました。電話や書面での確認だと業務が止まってしまいますからね。ITツールを取り入れれば、スケジュール管理や在庫管理などもスムーズに行えて、外出先からでも確認が取れるので仕事が捗ります。時代背景に合わせた良い提案だと思って言っても、最初は受け入れて貰えませんでした。
うちのように100年以上続いている老舗などは特に、ある程度体制が出来上がっているからこそ改革は難しいと感じましたね。ですが、僕に対する信用がまだまだ足りないことも、提案を受け入れて貰えない原因の1つだと気が付いたんです」
信用を作るためには実績が必要だと感じた唐金さん。長く働いてもらっている社員の皆さんから「あいつ、頑張ってんな」と思って貰うために、朝一番で出社したり業績にこだわるなど、努力と成果を態度で示すことを意識し続けたそうです。「泥臭い作業だったけれど、結果として数年後にITツール導入の提案も受け入れて貰えました」と、優しく微笑みながら話される唐金さんからは、努力と優しさを併せ持つ人柄が伝わってきます。
営業と販路開拓で実績作り。信用を得て大成功を収めたクラウドファンディング
2020年3月にアウトドアブランド「Starke-R」の立ち上げと同時に、クラウドファウンディングも大成功を収めましたが、そこへ辿りつくまでの道のりは長く、厳しかったようです。
唐金さん「2020年3月にアウトドアブランド『Starke-R』を立ち上げましたが、ここに辿りつくまでにも2年の歳月を要しています。
父からは『新規事業を立ち上げるのは簡単なことではない』と言われ、それまでに営業の実績を出すことと、まずは目先のことをしっかりやるように、社員の皆さんの前で約束させられました」
当時、唐金さんの所属は営業部。既存の販路で実績を上げるだけでなく、新規でスターバックスや大手アパレルメーカーとのコラボ、雑貨販路の開拓等でリングスターの認知度やブランド力を向上させて、実績を積み上げていきます。それまで工具と釣り部門しかなかったリングスターにとって、大きな進展でした。
唐金さん「営業の実績以外でも、父の家へ飲みに行って今後の展望を話したり、職場で皆さんの信用を得るために朝一番の出社などを継続し続けましたね。そのお陰もあってか、営業3年目に新規事業の立ち上げを受け入れて貰えて、クラウドファウンディングと同時にスタートを切りました」
唐金さん「周囲の多くの方がクラウドファウンディングへの応援や拡散をしてくれて、結果として大成功でした。皆さんへの感謝の気持ちもあって、めちゃくちゃ泣きましたね。父親も幼い頃の僕のことを知っている古参社員は『ありがとう』、父親は『よーやったな』と声をかけてくれました。
毎日SNSで拡散して、2年間泥臭いことを続けてきた自分に対し『あいつ、しゃーないやつやから応援してやらな』と、僕の数年分の熱量に対し、周囲の人が助けてくれたことが成功に繋がったんだと思います」
唐金さん自身、周囲を応援することが好きだそう。『繋がっていない人を応援するのは少し大変だけど、だからこそ、自分と繋がっている人は全力で応援したい』と話す言葉からは、唐金さんの人柄が大きく影響していることが伝わってきます。
1回目のクラウドファウンディング終了後、多くの企業から声がかかるように。大きな反響が功を奏し、2度目のクラウドファウンディングも大成功だったそうです。
第二、第三の父親が大勢いる。家業に特有の事業承継の良さ
唐金さん「うち特有なのかもしれませんが、第二、第三の父親がいることは、親子承継ならではじゃないかなと思います。僕が幼い頃、社員の皆さんが『行ってらっしゃい』と見守ってくれていたし、今は前のめりになりがちな僕と社長の間に入って『そう前のめりにならんと。自分が間に入ったるわ』と時に仲を取り持ってくれています」
歴史が長く、地盤のしっかりした家業だからこそ、親子で意見が割れることもあります。そこで真っ向から対立するのではなく、相手の立場に立って互いを理解し、相手の土俵で成果を出して認めて貰うことを大切にしてきた唐金さん。第二、第三の父親でもある社員さんのことを父親と同様に尊敬し、大切にしていらっしゃいます。
最後に、6代目として家業を継ぐにあたって、今まさに感じている課題について伺いました。
唐金さん「職人といわれる方々が、これまで当然として使っている工具箱って無数にあるんですよ。その中でも丈夫で長持ち、機能性が売りのリングスターの箱を届けることができれば、作業環境が良くなって仕事の生産性が上がり、ストレスも減ります。
リングスターのロゴである星印には、お客様や仕入先、従業員、家族など全ての人が手を取り合い、輪になって星をみるという意味が込められています。現在は工具や釣りといったアウトドア部門がメインですが、今後は医療やおもちゃ、インテリア用品へと領域を拡大して、より多くの業界へ届けたいと考えています。箱ひとつが生産的なものに変わるだけで、世界中の人の仕事が豊かになる。そんな商品を作り、世界中の人々の”収納”を支える、それが6代目としてのビジョンです」
収納ボックスという、当たり前のように使うプロダクトと丁寧に向き合う。少しこだわるだけで、人々の生活は本当に豊かになるという確信は、130年の歴史が物語っています。穏やかで優しく、全ての人を思ったモノづくりを続けるリングスター、その思いは6代目の唐金さんへと引き継がれています。
文:瀬島早織