事業承継ストーリー

21年続いたブティックでセレクトショップをオープン。次世代が描く新しい夢

旭川駅前から八条通に至るまでの約1km は「買物公園」と呼ばれています。賑わいを見せる駅前から離れるにつれて、シャッターを閉ざした店が目立つようになるなど、旭川市が抱える課題を象徴しているようです。その通りの一角で、蜂須賀咲来 (はちすかさくら) さんは21年続いたブティックを引き継ぎ、セレクトショップをオープンしました。「ショップ経験も、血縁関係もない自分が適任なのか」と戸惑う中で、承継へ背中を押したのは、「店の明かりを閉ざしたくない」という先代の想いと、「高齢化と後継者不足」という地域の課題でした。

教員志望からギャラリースタッフに進路変更

蜂須賀さんは、愛知県生まれの北海道育ち。北海道北部の町で高校生までを過ごし、北海道教育大学旭川校への入学を機に旭川の住民になりました。幼いころから芸術に関心があり、将来は教員を目指していましたが、大学院生の時に「NPO法人 かわうそ倶楽部」が運営する「ギャラリープルプル」と出合ったことで進路は一転。2021年4月からセレクトショップのオーナーとして店先に立っています。

蜂須賀さん「教員になるつもりで教員免許も取得していましたが、ギャラリーから『ウチで働いてみないか』と言われて考えが変わりました。ギャラリーで働ける機会などめったにありませんので、その時の出会いを大切にしました」

ギャラリープルプルは、旭山動物園の飼育係から絵本作家に転身した、あべ弘士氏のギャラリーです。飼育係時代から、園内の壁画、看板、オブジェ、機関誌の絵などを担当し、現在も動物をモチーフにした作品を発表しています。

そのギャラリーで蜂須賀さんは展示会やイベントなど、さまざまな業務を担当していました。

「若い世代に店舗を託したい」とショップの承継を打診される

ギャラリーでの仕事は充実していましたが、設立10年を節目にNPO法人が解散することになり、自身の方向性を考えなくてはならなくなりました。そんな時に道を挟んだビルの1階で「ブティック 樂」を経営する石川誠さんから、「若い世代に店舗を託したい」と承継を打診されました。

ブティック樂は、21年も続く婦人服や雑貨を中心としたショップです。石川さんは旭川でいち早くDCブランドを展開するなど、アパレル業界の第一人者でしたが、高齢のため後進に道を譲りたいと考えていたそうです。

708号室の店主、蜂須賀咲来(はちすかさくら)さん

蜂須賀さん「私の祖母も婦人服のお店を経営しており、石川さんと同じ場所で買い付けをしていたなどの共通点が分かって親しみを感じました。しかし、ショップ経験も血縁関係もない自分が適任なのかという悩ましさがありました」

蜂須賀さんが勤務していたNPO法人では、ギャラリー以外にイベントの企画・実施など街づくりの支援もしていたことから、この地域に空き店舗が増えることに寂しさを感じていました。そんな石川さんと蜂須賀さんの想いが合致して、お店を引き継ぐことを決めたそうです。ショップ経営は初めてでしたが、一度決心してしまうと、徐々に不安は解消されていきました。

蜂須賀さん「ギャラリーで経理のノウハウは学んでいましたし、この周辺に住む方々の好みや、どのようなニーズがあるのかを理解していたので、それに見合った商品をそろえればなんとかなると思いました」

ショップ承継の打診からオープンまでの期間は約1年。石川さんからも「若い感覚で頑張ってほしい」と言われ、周囲にも「新しいショップがオープンするので宜しく」と声をかけてバックアップしてくれたそうです。ギャラリーで培ったセンスを生かし、2021年4月3日、所在地の「旭川市7条通8丁目」の数字を店名にした雑貨中心のセレクトショップ「708号室」をオープンしました。

蜂須賀さん「アンティークのテーブルや特注のカウンターなど備品をそのまま譲り受けたので、改装費などの初期費用は低く抑えることができましたし、譲り受けたもののおかげで店内の雰囲気もぐっと良くなっています」

「何を売りたいか」ではなく「何が求められているか」

蜂須賀さんは「大手量販店でも販売している商品を並べても意味がない」と言います。アイテム数を少なく抑えて、商品にストーリー性があるもの、長く使えるもの、直して使えるもの、手作りのものなどがセレクトされています。主婦の方から「雑貨のセレクトショップをオープンしたい」と相談されることも多いそうで、「まだ始めたばかりで偉そうなことは言えませんが」と前置きしたうえで、アドバイスをしてくれました。

蜂須賀さん「自分の好きなものや、興味のあるものだけではなく、街の雰囲気に合ったもの、街に住む人たちに関心を持ってもらえそうな商品を揃えることが大切です。708号室のある七条緑道は、駅前よりも客足は少ないですが、そのぶんお客さんの好みや嗜好が分かりやすいというメリットがあります。ショップに来てくれたお客さんが興味を持って手に取ってもらえる商品を選ぶことが重要ですね」

数多くの野外彫刻や記念碑が設置される七条緑道は、おしゃれな雰囲気にあふれています。「パンを入れるのが似合う」と、籐製のバックを購入したり、「外出を控えなければならないご時世の中でも、家の中は明るい雰囲気にしたい」とキャンドルを買っていったりするお客さんがいるそうです。「何を売りたいか」ではなく「何が求められているか」を重視する、蜂須賀さんのリサーチ力の高さに感心させられました。

事業承継は、次世代によって描かれる新しい夢である

蜂須賀さん「七条緑道界隈は、お互いのお店を紹介し合ったり、協力しあったりできる環境が残されています。石川さんやお客さん、周囲のお店など、とても恵まれた環境で仕事ができていると感謝しています。ほかの地域ならショップを開くことはありませんでした」

買物公園からお店が一つなくなることは、街の明かりが消えてしまうのと同じこと。人はたくさんの明かりに集まりますが、暗い場所からは遠ざかってしまいます。蜂須賀さんの事業承継は、地域に明かりを灯すキャンドルのような役割を担っていると感じさせてくれました。

買物公園が完成した1972年6月1日、当時の旭川市長は次のような言葉を残しています。

「買物公園は完成したのではなく出発したのだ。次世代の市民によって新しい夢を描いてゆけばよい」

蜂須賀さんの事業承継は、まさに次世代によって描かれた新しい夢そのものなのでしょう。

文:吉田匡和

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