北海道旭川市から車で約40分。自然が豊かで温泉が人気の上川町で、2022年の春に小山内 力(おさない ちから)さんご夫妻が、ホットドッグとパウンドケーキのお店「マチガイネッエゾベース 」をオープンさせました。たくさんのフィギュアが並ぶ、遊び心のある店内では、世代を越えてお客さん同士の交流が生まれています。
開業と同時に、先代の安部逸雄さんが20年以上ソーセージを作り続けてきた精肉加工店「山麓の四季」の事業も承継。現在、マチガイネッエゾベース を営む店舗も安部さんが営業していた居酒屋を引き継いでリニューアルしたお店。小山内さんは居酒屋店舗と精肉加工店を承継し、奥様とお店を切り盛りしながらソーセージ作りの修行に励んでいます。
念願のホットドッグ屋オープンとともに加工店も承継
前職では、名古屋で土木工事の仕事に関わっていましたが、「いつかは飲食店を開きたいね」と話していた小山内さんご夫妻。北海道出身の小山内さんが、奥様とJターン移住したのは2020年2月のことで、上川町の地域おこし協力隊への応募がきっかけでした。当時、上川町が飲食店を開業したい人を募集していると知り、移住を決意されたそうです。
引越して間もなく、町内施設のカフェスペースで働きはじめた小山内さんは、そこで山麓の四季のソーセージと出会います。
小山内さん「カフェで山麓の四季のソーセージを提供していたんです。その頃から、いずれはこれを使ってホットドッグ屋を開業しようと考えていました。先代とはこの頃からの知り合いでしたが世間話をするくらいで、特別交流があったというわけでもありませんでした」
当初はキッチンカーでの開業を目指していた小山内さん。いよいよ動き出そうと、山麓の四季の加工場にソーセージ製造の見学に行きます。そこで予想もしていなかった事態に。なんと、見学に行ったその日に事業承継の話を持ちかけられたのです。
小山内さん「驚きましたが二つ返事でOKしました。私もホットドッグ屋を営業するうえでソーセージ製造の事業をいずれは承継できないかなと密かに思っていたので。自前でソーセージを作れるということは、原価率を下げられるという点でもメリットですしね」
歴史がある事業を引き継ぐことにプレッシャーも感じたそうですが、承継の話をもらって素直にうれしかったと振り返ります。
小山内さん「今では父と子の関係性に近いような気がしますね。先代は私たちのことをすごく考えてくれて、とてもありがたかったです。自分だったら、20年以上やってきた事業を赤の他人に任せられるかといったらわからないですね。先代は町のことをよく考えてらっしゃる方で、外から来た若い人たちを応援したいという想いがあったんじゃないでしょうか」
思い出のホットドッグを復活させるために
マチガイネッエゾベースの人気メニューはチリミート。リピーターが多く、なかには週3~4日訪れる方もいらっしゃるのだそう。スパイスが効いていてクセになるこの味は小山内さんにとって思い出の味だと言います。
小山内さん「東京の秋葉原に『マチガイネッサンドウィッチズ』というホットドッグ屋さんがあったんです。普段ホットドッグを食べることはあまりなかったんですが、そこの“納豆チリドッグ”にどハマりしまして。マスターも良い人で、関東に住んでいた頃によく通っていました」
しかし、大好きだったお店は数年前に閉業。その味に惚れ込んでいた小山内さんは、お店がなくなってしまうのはもったいないと感じたそうです。そして北海道に移住後、その味を引き継ぐために東京を訪れます。
小山内さん「レシピを受け継ぎたいと言ったら快く承諾してくれました。その際に、山麓の四季のソーセージを持っていったら、『これなら間違いない。このソーセージが仕入れられるなら、自分もまた事業を再開したいくらいだよ』と、絶賛していました」
レシピとともに「マチガイネッ」という店の名前も承継。小山内さんは精肉加工店とホットドッグ屋の2つの想いを引き継ぐことになりました。
移住者にとって事業承継はチャンス
地方移住して事業を始めようと思っている人にとって、事業承継はメリットが大きいと話す小山内さん。例えば資金面では、新たに店舗を建てる必要がなかったのは大きかったといいます。
小山内さん「田舎は、居抜きで使える物件がほとんどないんです。だからといって一から自分で店舗を用意するとなると、途方もない金額がかかりますよね。なので、それは難しいなと思っていました」
また、承継前は漠然とお店をやりたいと思っていたため、開業に向けて何をしたらよいかわからず苦労したのだとか。しかし、承継することが決まってからは開業に向けての準備が急加速したそうです。地域の人たちとの繋がりもできたといいます。
小山内さん「事業承継するということは、ある程度ベースがあるうえで事業をはじめられるということですよね。0を1にするよりも1を10にするほうが得意な人は、事業承継も視野に入れて地方移住を考えられるとよいと思います」
事業拡大して雇用を生みだす
山麓の四季のソーセージに使う豚肉は冷凍の輸入品ではなく、旭川周辺の国産生肉。添加物はほとんど使っておらず、製法にはかなりこだわっています。豚肉が冷たいうちに素早く腸詰めしなければならず、感覚的に覚えなければならないことも多いそうです。
小山内さん「温度や豚肉の水分量などによって練り具合をかえないと食感が変わってきてしまうので、季節によって練り方が違うんですよ。加減が難しいです。また、仕事は思った以上に力仕事なので、いずれは機械化し、新しい加工場の建設も考えています。事業を拡大して、この地域で雇用も生んでいきたいです」
小山内さんご夫妻の挑戦はまだ始まったばかり。この町にどのような風が吹くか、期待が高まります。
文・岡野 友美