1907年の明治に創業して以来、114年の長きにわたって歴史を重ねてきた「元祖 鯱(しゃち)もなか本店」。社名にもなっている「元祖鯱もなか」は、観光や出張のおみやげとして親しまれ、本店だけでなく、名古屋市内のさまざまな施設でも販売されてきました。
しかし、新型コロナウィルスの感染拡大によって状況は一変。おみやげ需要が望めない中で売上が激減し、3代目店主の関山寛さんは、かねてより考えていた店を畳む選択を迫られます。
「歴史と知名度、確かなブランドを持ったお店を本当に終わらせていいのか」
関山さんの娘である古田花恵さんと夫の憲司さんは、小さなきっかけから承継の糸口を見つけ出し、2021年8月、お店を新たなステージへと進めました。
100年の歴史を誇る名古屋みやげ「鯱もなか」とそのこだわり
「元祖 鯱もなか本店」は、観光客や買い物客で賑わう大須界隈から少し離れた、生花問屋や中小企業が立ち並ぶエリアにあります。名古屋城のしゃちほこをかたどった「元祖鯱もなか」は、1921(大正10)年に誕生し、名物として愛されてきました。戦後、サイズこそ少し小さくなりましたが、名古屋を感じさせるわかりやすい見た目と、素材にこだわった味は健在です。
花恵さん「3代目店主である父は、職人として素材や品質にとことんこだわってきました。たとえばあんこは、北海道十勝産の『手より小豆』だけを厳選して使っています」
そう胸を張って語る花恵さん。品質にこだわった和菓子や洋菓子の数々は、名古屋駅のキヨスクをはじめ、中部国際空港や小牧空港、名古屋港水族館、東山公園のタワーといった観光地でも販売されてきました。
体力の衰えと閉店の危機。伝統を絶やしてはいけない
しかし、70歳を目前に先代店主の関山さんは店を畳むことを考えていたといいます。現場第一主義の関山さんは、体力が衰えたら経営を続けることは難しいと感じ、承継を検討すべく商工会議所に相談。しかし、うまく話がまとまることはありませんでした。
花恵さん「お店を畳みたいという話は聞いていたので、残念だけど仕方ないと思っていました。兄は会社員でしたし、私もお店が忙しい時期に手伝いをする程度で、お菓子の製造やお店の経営などに関わったこともなかったですから、承継なんて考えもしませんでした。パートの従業員さんしかいないお店には、後継候補はいませんでした」
こうした状況を、夫の憲司さんは歯痒く思っていたそうです。
憲司さん「名古屋でもこれだけ古くからある菓子店は少なく、その歴史やネームバリュー、知名度を失うのはもったいないと感じていました。だからこそ、何か手伝いたい気持ちはありましたが、私は不動産業を営んでいて、お菓子屋さんの経営に関わるのは難しいと思っていたんです」
SNSでの成功が、お店を続ける決断を後押し
代々家族で守ってきた歴史あるお店を大切に思いながらも、どうすることもできずにいた花恵さんと憲司さん。追い討ちをかけるようにコロナ禍で観光需要は激減し、キオスクや空港の売り上げは日に日に減っていきました。
ところがある日、新型コロナの影響で売れなくなった産品を直接販売する支援企画をSNSで発見。少しでも売り上げの足しになればと、金鯱もなか、金鯱まんじゅう、レモンケーキなどを出品します。するとすぐ商品が完売して、瞬く間にキオスクでの販売に勝る売上に。さらに、SNSを通して商品を購入した人の言葉も、二人を動かしました。
花恵さん「応援の気持ちから初めて購入してくれた人もいれば、食べたことがあって美味しくて好きだから買ってくださる方もいましたね。そういったお客様の生の声に感動しました。これまで卸先でどんなお客様が買って、どう思ってくれたのかを聞いたことがなかったので、こんなに父のお菓子を喜んでくれる人がいるんだと改めて気づきました」
SNSでの成功が二人の決心を後押し。2021年8月27日、古田花恵さんが4代目として代表取締役に就任、夫の憲司さんは専務取締役となり、お店は新たな体制でスタートを切りました。
一人の職人だけが身を削って店を守るのではなく、仲間を組織として動かし、長く挑戦を続けていきたいとの思いで事業を引き継ぎます。
インターネットが繋ぐ縁。仲間と作る新しいお店
新体制となって取り組んだのは、インターネットを使った販売戦略です。お店のホームページを再構築して使いやすいWEBショップに変更、LINE公式やツイッターなどのアカウントを取得し、積極的に情報を発信していきました。
憲司さん「情報発信を始めたらいろんな人がアイデアをくれて、一緒にやろうと声をかけてくれるようになったんです。効果的な情報発信の方法についても、知人のアドバイスがとても役に立ちました。人の縁に恵まれていると感じますし、その縁をつないで大きくしてくれたのは、インターネットかもしれません」
特に、Yahoo!ニュースで取り上げられたことが話題となり、WEBショップからの注文が一時激増。ツイッターのフォロワーも増え、栃木や京都といった遠方からお客様がわざわざ本店に顔を出し、花恵さんと一緒に写真をとりたいと言われたこともあったそうです。SNSでの反響やコミュニケーションが二人のモチベーションをアップさせ、実際の売上にも結びついていると実感できたそう。
花恵さん「父は店主を退いた後も現場に立っているんですが、最初の頃は私たちがPCをのぞきこんで何をやっているのかわからず、『仕事しろ!』と怒ってましたね。これも仕事、営業なんだよ、お客さんの意見や注文がこんなに来てるよ、と説明したら納得したようです。『俺は分からないけど頑張ってくれ』と笑ってました」
地域と世界へ向けて、名古屋と食文化を発信する
花恵さんと憲司さんは、未来への構想を広げている真っ最中。一つはより地域に愛されるお店になることです。現在の店舗を改装してイートインやコワーキングスペース、オープンキッチンを備えたオープンでかつ憩いの場にしたいと考えています。
もう一つは名古屋や食文化に関する発信です。新たなメニューの開発はもちろん、まちづくりの企画に参加してお菓子を提供したり、ふるさと納税に商品を使ってもらい日本各地にアピールしたり、さらに台湾やタイでの海外販売に向けても準備しています。
こうした夢の実現に向けてインターネットの活用もさらに進めていくようで、ライブ配信アプリを通じてお店のイメージガールコンテストを開催したことも。
長い歴史と伝統に加えて、味と品質を引き継ぎながら進化を続ける「元祖 鯱もなか本店」。新たな名古屋と食文化の発信拠点を目指して、これからも着実に歩みを進めていくことでしょう。
文・鈴木満優子