2022年1月、山形県の中部に位置する白鷹町で、町内唯一の酒蔵であった加茂川酒造が「株式会社加茂川」として再出発を果たしました。事業承継をしたのは、県内でお酒などの卸売を手がける「小島洋酒店」。酒蔵の事業承継の事例は数あれど、本来、製造と仕入れの関係にある両者の間で行われるのは珍しいことです。どのような経緯で酒造業を引き継いだのか、「小島洋酒店」の小島一晃さんと、杜氏の鈴木七十郎さんに話を聞きました。
「思い出の場所をなくしたくない」と酒造りの道へ
加茂川酒造の創業は1741年。初代は鈴木七四郎氏で、代々当主が名前を襲名しながら280年以上にわたって酒造業を営んできました。代表銘柄は「加茂川」「久保桜」など。派手さはないものの飲み飽きしない酒質で、地元の人を中心に愛されたお酒だったと言います。しかし、時代とともに日本酒の消費が低迷し、次第に経営が悪化。さらに近年のコロナ禍も追い打ちをかけ、2021年に廃業することに。その後、鈴木家と親戚の間柄だった「小島洋酒店」が主な出資者となり新会社「加茂川」を立ち上げた上で、事業譲渡を受けることになりました。
小島さん「うちは酒類全般の卸ですから、もともと加茂川酒造は仕入先のひとつ。しかし、それ以上にここは大叔母の嫁ぎ先でもあって、私も子供の頃から何度も遊びに来ていた場所だったんですよ」
廃業を見越し、数年前から水面下で加茂川酒造の事業譲渡の話が進むなかで、2021年6月に「加茂川」が発足。旧会社から新会社へ土地などの売買を行いました。ただし、債務までは引き受けられず、旧会社は破産という形を取らざるを得なかったそう。それでも両者の中にわだかまりはなく、むしろ「身軽になって再生していく」という前向きな気持ちで事が進んだのは親戚同士という通常の仕入先以上の関係性があったからかもしれません。そんななか、小島さん自身も「さまざまな思い出の詰まった場所をなくしたくない」との思いに背中を押され、新会社の社長に立候補。酒蔵の土地や建物、設備、従業員などを引き継ぎました。
卸と小売店が異色のタッグを結成
酒蔵としてリスタートした加茂川ですが、実は大きな問題がありました。それは、酒造りの責任者とも言える“杜氏”がいなかったこと。当初は、旧加茂川酒造の杜氏に新会社での酒造りも任せるつもりでしたが、さまざまな事情により難しくなってしまったのです。
小島さん「卸売業者として、長年お酒の仕事に携わって来ましたが、酒蔵の経営は初めて。ましてや酒造りとなると全くの未経験です。杜氏がいないというのは困りましたね」
そこで白羽の矢が立ったのは、蔵の向かいでお酒などの小売店「ヤマシチ商店」を営む鈴木七十郎さん。鈴木さんの先祖から分家してできたのが加茂川酒造という縁があるほか、ご自身の家も大正時代に小売店を始めるまでは、代々酒蔵だったと言います。しかも鈴木さんは、1998年から2008年ごろまで10年にわたり、本業の傍ら加茂川酒造の酒造りを手伝った経験の持ち主。以降人手の足りない時にたびたび駆り出されては作業にあたっていました。
鈴木さん「もともとは家業のためにもっとお酒のことが知りたくて、向かいの酒蔵でいろいろ勉強させてもらおうと思ったのが始まりだったんです。お酒がどうやってできたか、なぜこんな味になるのか興味があって。手伝い始めて2、3年後には『タンク1本、好きに造ってみろ』なんて言われて(笑)。無茶ぶりでしたがいい経験をさせてもらいました」
そんな関係性があったからか、杜氏を打診されたときも「俺がやるしかない!」と一念発起。新生・加茂川の第一弾となるお酒の仕込みに奔走しました。通常、酒造りは冬季に行われますが、加茂川としての酒造りが始まったのは4月。初夏の気温の中での作業は苦労の連続でしたが、無事にお酒が搾れたときは、感動もひとしおだったそう。
小島さん「改めて酒造りをする人に尊敬の念を抱きましたね。初めて酒造りの過程を全部見て、一緒に作業して、出来上がったお酒には愛着を持っています」
鈴木さん「町の人にも酒蔵を残してくれてうれしいと言ってもらえて、やってよかったなと思いました」
もともと知り合い同士だった2人ですが、社長と杜氏の関係となり、一層急接近。仕込み作業の合間に酒造りへの思いを語るなど絆を深めていったそう。「つらいことも笑い飛ばすような鈴木さんの性格に何度も救われた」と語る小島さん。一方、鈴木さんも「お互い経営者同士だから事業を遂行することに迷いがなかったのもよかった」と分析します。卸と小売店が手を組んだ異色の酒蔵は、こうして新たな歴史を歩み始めました。
時を超え、一族の願いが実った事業承継
怒涛の初年度が終わり、2年目の仕込みも目前に控えるなか、「加茂川」は今後どのような酒造りを目指すのでしょうか。
小島さん「わたしが魅力に感じているのは“貴醸酒”。日本酒を日本酒で仕込む特殊なお酒です。海外の方をもてなすために考え出されたお酒で、実は加茂川酒造は全国に先駆けてこのお酒を仕込んだ蔵でもあるんです。そんな歴史を大切に、いつか本当に国賓のおもてなしにも使われるようなお酒が造れたらいいですね」
加茂川酒造時代に培った技術を生かし、今後は海外にも積極的に坂路を広げたいと小島さんは話します。
一方、杜氏の鈴木さんも、小売店の経験を生かし、これまでとは違ったアプローチの販売方法を模索していきたいと意気込んでいます。
鈴木さん「一般的には、酒蔵はお酒を見ているし、卸や小売店はお客さんを見て商売しています。私たちにはそのどちらの目もあるので、両方の架け橋になるような取り組みができたらおもしろいのかな」
ふたりにとって事業承継は、あくまで「加茂川」の名前を残すために必要だったこと。280年にわたり紡いできた歴史を、後世につなげられたのが一番のメリットだそう。
鈴木さん「先代もどうにかして生き残らせる道をずっと模索していましたし、私の父も最期までなんとかしたいと言っていました。『加茂川』存続は一族の願いだったんです」
そもそも、鈴木家が道を挟んで分家した背景には、「分家しても近い距離にいれば助け合える」という初代の考えがあったからと伝わります。長大な家系図を見ながら、今回の事業承継は、そんな先祖の思いが導いたものに思えてならないと笑う小島さんと鈴木さん。一族の願いは時を超え、「加茂川」に新たな息吹をもたらしました。
文・渡部あきこ