京都市地下鉄丸太駅から徒歩1分の場所にある「すはま屋」は、その名の通り「洲濱(すはま)」を販売しているお店です。
洲濱とは、煎った大豆を粉にして水飴や砂糖と練った和菓子を指します。すはま屋では、この洲濱を持ち帰りだけでなく、店内でコーヒーと一緒にいただくこともできます。洲濱には360年の歴史があり、地元でとても愛されているお菓子です。
すはま屋の前身である「御洲濱司 植村義次」は惜しまれながらも一度閉店。洲濱がなくなってほしくないという気持ちで、洲濱作りを引き継ぐことになったのが現在の店主、芳野綾子さんです。
いつも家庭にあった洲濱
同じ場所で「御洲濱司 植村義次」という洲濱の老舗を営んでいた先代の植村さんと芳野さんは、曽祖父のころから家族ぐるみで付き合いがありました。芳野さんのお家は茶道家の家系であり、植村義次の洲濱は、年初にある茶会・初釜で毎年出されていたそうです。
芳野さん「私が小さい時から、毎年初釜の時に家には洲濱があるのが当たり前でした。なので、植村さんのお店が閉店して洲濱がなくなってしまうのは、寂しいなと感じていました」
家族ぐるみで植村さんと付き合いがあった芳野さん。先代の植村さんがされていた植村義次が2016年に閉店してしまい、このままでは洲濱自体がなくなってしまうことに寂しさを感じたといいます。植村さんも、お店が続かないのは仕方ないが、洲濱はなくなってほしくないという想いを持っていました。芳野さんは「タイミングがよかった」とおっしゃっていましたが、先代の想いを受け継ぐ形で、2018年に新しく「すはま屋」として開業されました。
日々の中で習得していったすはま作り
大学を卒業するタイミングで、「すはま屋」を受け継ぐことになった芳野さん。大学時代に趣味で洲濱作りをしていましたが、お客さんに販売するために洲濱を作るのは別物です。植村さんの味を再現できるのかという不安もありました。しかし、いざ始めてみると先代の頃からのお客さんも多く訪れ、お店が再開されたことをとても喜んでくれたそうです。
芳野さん「最初はお店を引き継ぐつもりはなく、『自分でも作りたい』と言って植村さんに教えてもらいました。大学卒業などの良いタイミングが重なり、お店を引き継ぐことになりました。お店を始めてみると、植村さんの頃からのお客様も多くいらっしゃって、プレッシャーは感じていました。洲濱作りは素材にも左右されるので、季節の影響等も受けてしまいます。困った時は植村さんに相談して、アドバイスをいただいていました。開店して3年ほど経ちましたが、前より美味しくなったと言っていただけるようになりましたね」
毎日洲濱作りに勤しみ、時には先代のアドバイスをもらいながら技術を伸ばしている芳野さん。先代の洲濱への想いも引き継ぎ、その味を求めているたくさんのお客様からのプレッシャーも感じていました。しかし、お店を始めてみると、洲濱を愛する昔からのお客様にも喜んでいただけたそうです。今では洲濱だけでなく、押物(材料を木型に入れてつくる和菓子)も始めて、新しいチャレンジをしているそう。
洲濱を活かして鮮やかな絵柄の押物にも挑戦
押物とは、もち米にみじん粉、砂糖を入れて型に押し固めたものです。押物には綺麗な絵柄が描かれており、その絵柄の部分は洲濱でできています。同じ工程を繰り返す洲濱と違い、絵柄を考えたり、試行錯誤しながら作る押物ですが、難しさもありつつ楽しさもあるといいます。
芳野さん「植村さんも洲濱だけでなく、押物を販売されていました。押物の絵柄は季節ごとに変えることが多いのですが、植村さんは芸術への興味があり、能に合わせても絵柄を作っていました。私は芸術的なことは疎いので、日々作って試してみてという感じで、先代に近づけるよう頑張っています」
現在は挑戦中だと語る芳野さんですが、絵柄を考え、押物に落とし込んでいく工程を楽しいそう。現代だとパソコン等で絵を描くことができますが、実際に洲濱で柄を作っていくことは、パソコンや机の上だけでは難しく、実際に洲濱で柄を作っていく中で、試行錯誤しながら作成しています。まだまだ植村さんには及ばないという芳野さんですが、作られた押物はSNS等で大きな反響も。
いずれは芳野さんがオリジナルで考案した柄の押物ができて、すはま屋の押物を愛するお客様が増えるのではないでしょうか。
細く長く、地元に愛されるお店へ
すはま屋は、芳野さんが引き継いでから3年が経ちました。植村義次の時代から多くのお客様に愛されるお店の姿は今も変わりません。最近では、販路拡大などを目的に、ネットで商品を全国に広げるお店も多くあります。しかし、芳野さんは地元に愛される洲濱を長く続けていくことに注力しています。
芳野さん「今は日々、目の前のことに一生懸命取り組んでいる状態です。植村さんから引き継いだというプレッシャーも少なからずあります。これから先の目標はこれといって決まっていないですが、これまで長く続いてきた洲濱をなくすことなく、地元で細く長く続けていきたいと思っています」
先代から受け継いだ想いと共に、地元で長く続けていきたいという芳野さん。そのため、一日一日を大切にお客さんと接しています。京都を訪れる際は、一度行ってみてはいかがでしょうか?
文・庄司健人