創業113年、北九州市の開門海峡の近くにある「高石餅店」は、力仕事で体力が必要な港で働く労働者たち向けに「甘い餡」を包んだ餅の販売からスタートしました。
2016年に5代目となったオーナーの清藤貴博(きよふじたかひろ)さんは「餅をおいしいと食べてもらいたいのはもちろんですが、餅はエンターテインメントだと思っています」と語ります。
伝統の味を守りながら、常に餅と社会課題をからめながら新しいことに挑戦している清藤さんにお話を伺いました。
自分の事業を起こすのが当たり前の環境で育った
高石餅店の4代目である清藤さんの母、別の事業を起こしていた父。清藤さんは生まれた時から商売人の家系で育ちました。高校卒業後は立命館大学で経営を学び、富士通で2年間バイヤーの仕事を体験し、その後2年間九州大学のビジネススクールでMBAを取得、2016年から家業を継いでいます。
清藤さん「一度サラリーマンを体験した後に、自分の事業を起こすことが当たり前という環境で育ったので、子供の頃から家業を継ぐことを決めていました。
そして、大学在学中に父が病気になったことを機に、社会に出て3〜4年経ったら北九州の実家に戻ろうと決心します。自分が引き継ぐと伝えた時、先代や周囲からは『待ってました!』と歓迎してもらえました」
どんぶり勘定だった家業に「ビジネスにおいて当たり前のこと」を取り入れる
大学、仕事やビジネススクールなどずっと経営畑で過ごしてきた清藤さんでしたが、承継直後のことをこう語ります。
清藤さん「承継した直後は、餅の原価率も計算しないし、企業理念もぼやっとしているし、販売戦略もないし、正直びっくりしました。お客さんを喜ばせるために通常のものより『大きいお餅』を作っても、原価率の計算をしてなかったんですね。まさにどんぶり勘定でした。
同時に、私がビジネスについて学んできた『ビジネスにおいて当たり前のこと』を取り入れるチャンスだと思いました。頭でっかちだと思われないように、カタカナの言葉は使わないようにしました。
はじめは反対意見もあったのですが、私が持つこれまでの高石餅店にはないビジネス視点もみんなが受け入れてくれたことは恵まれていたと思います」
ロボット導入の目的は職人の健康管理と考える時間の確保
ビジネスの面から家業に切り込む中で、職人の高齢化問題が明らかになりました。現在では高石餅店の職人の平均年齢は65歳以上、最年長は82歳になっています。
清藤さん「高齢化が進む中でも人気は衰えておらず、職人さんへの負担が大きくなっていたと言います。年末は、特に忙しく、5〜10日間ほどで年間売り上げの4分の1、約3万個を売り上げてしまうほどです。
そこで導入したのが、将来の生産力をみすえて職人の手作り餅を再現する「ロボット」。ロボットが餅に餡を流し込み、丸めるんです」
反対の声がありながらも、職人の負担を減らして接客の向上に成功
高齢化が進む職場にロボットを導入することで、周囲から反対や抵抗は無かったのでしょうか?
清藤さん「当初は職人から『仕事がなくなってしまうんじゃないか』という反対の声や、ロボット導入の550万円という高額な投資に悩みましたが…北九州市と日本政策金融公庫が設けた『生産性改革金融支援制度』を使って一部の補助を受け導入しました。
ロボット導入によって、10秒かかっていた餅を丸める作業が1秒に短縮して、1日2〜3時間の短縮に繋がりました。作業時間を短縮することによって、職人の身体への負担が軽減され、お客さんとの接客にも笑顔で、余裕を持った接客ができるようになりました」
「生産性改革金融支援制度」活用の第一号だったこともあり、「お餅屋がロボットを導入した」ことは話題性もあったと清藤さんは言います。北九州の市長さんもお正月の所信表明でふれてくれるなど、知名度がグンと上がったそうです。
ミッションは知名度をあげること。イランの方を呼び込んで商品を共同開発
お餅屋のコアな技術の部分は餡を練ることなんですけど、承継から5年経って「意思決定として、社長しかできない取材対応や会社の戦略を練ることをやってください」と現場から言われるようになってきました。そして私も現場を社員に任せられるようになりましたと清藤さんは言います。
清藤さん「私の役割は、お店の知名度をあげること・話題性を作ること。最初は店番もしていましたが、あまり得意ではないので(笑)店番は得意な人に任せて、それぞれの得意な分野を担当していこうと現在は進めています。
ただ、話題性を作る文脈でイランの方を連れてきて、餅職人として『シナモン餅』を共同開発した時は、びっくりされましたね。だけど一緒に汗水垂らしながら餅を作り、コミュニケーションをとってもらったことで、みんなに受け入れてもらえるようになりましたね」
餅はエンターテイメント。「餅」を「トキ」として消費してほしい
清藤さん「今では社員や町の人たちが『社長がイラン人連れてきた、ロボット入れた、AI導入した…。次は何をやってくれるんだろう』と楽しみにしてくれています。
これからはお餅を美味しく食べてもらうことはもちろんですが、餅をエンターテイメントととらえていてほしい。餅を町の娯楽として楽しんでほしい。餅をモノ・コトとしての消費ではなく、『トキ(時)』として消費してもらいたいと思っています。
お店があるのは観光地ではないので、町を盛り上げていこうと町内で一緒に企画を立てることもあります。やりたい人は一緒に挑戦しようと。彼岸の企画では、お寺も協力してくれてYouTubeの撮影もしました」
餅を売るだけではこれ以上売上は上がらない。来年以降の仕掛けも現在思考中
清藤さん「創業113年、高石餅店の先代達が明治時代から長く続けて、事業の土台を準備してくれたことは本当にありがたいと思います。外国人の受け入れがうまくいくのも、昔から実家で200人くらいのホームステイの受け入れを経験してきたこともあって土台ができていたからだと思います。
『なんでロボットやAIなどお金を投資できるのですか?』と聞かれることもありますが、『トップがどれだけ事業の未来を考えられるから』と答えています。目の前の仕事に取り組むことはもちろん大事ですが、今やっていることを続けるだけでは進化は起きません」
未来を見据えて、家業に取り組む清籐さん。売上を上げるために社会課題の解決にも着目していると言います。
清籐さん「餅を売るだけでは、これ以上売り上げは上がらないと思っています。そこで、社会課題を解決すれば高石餅店の価値をもっと高めることができると考えました。
これまで新しく挑戦してきたことは、社会課題と餅をからめたことで生まれました。例えば、以前導入したAI。購買予測を立てることで商品の作りすぎを防ぎ、フードロスを防いでいます。逆にAIの正確な予測により、お客さんが来てくれたのに商品が足りないという機会損失の問題も解消し、売上アップに繋がりました」
「これからどんな時代が来るんだろう」と常に考えている清藤さんですが、来年の仕掛けはまだ決まってないそう。高石餅店に立ち寄った時でもオンラインでも、良いアイデアがあればぜひ教えてほしいとのことです。
文・田中博子