広島県安芸高田市。広島駅から車を走らせること1時間ほどで到着する滝ヶ谷養魚場は、日本国内では非常に珍しいヤマメの養殖を行っています。その歴史は50年以上、今は2代目である舛本隆介さんが、一人で管理をされています。
引退を口にする祖父を横目に、後継を決意
滝ヶ谷養魚場をオープンさせたのは、舛本さんのおじいさま。もともとは趣味で始められたそうです。その後、当時まだ実現されていなかったヤマメの完全養殖を確立。全国から養殖方法の問い合わせが来るなど、広島県内では第一人者だったと、舛本さんは母から聞いていました。
舛本さん「当時、ヤマメは養殖が難しい幻の魚と言われていました。今でいう、マグロのような存在ですね。というのも、ヤマメは病気に弱く綺麗な環境でしか生きられません。この場所は、高野川の源流が流れ、比較的気温も涼しい。そんな環境がヤマメに合っていたのかもしれません」
そんなおじいさまの影響もあり、舛本さんは小さい頃から虫や魚の飼育が大好きだったそう。中学生になってからは本格的に養殖の手伝いをするようになりました。その後は、広島県内の自動車メーカーで働いていましたが、おじいさまの引退を機に、後継になることを決意したのです。
舛本さん「私が働き出して数年後、年齢的なこともあり祖父が辞めると言い始めました。そのころも出荷の手伝いなどをしていたのですが、その話を聞いたお得意さんや知り合いはみんな口を揃えて『継いでやってくれ』と私に言ってきたんです。もちろん、ヤマメも養殖の仕事も大好きですが、正直悩みました。
というのも、ヤマメ養殖は環境が命。年々気温が上昇し、ヤマメが育つ環境は減ってきています。また、これまで手伝いをしていた程度の私が一人で養殖所の管理をできるのかという点も不安でした。ただ、長い人生自分のやりたいことをチャレンジしてみたいという思いと、祖父の作ったものを少しでも長く続けたいと考え、後を継ぐことに決めました。祖父は喜んでいるのか、そうでないのかも分かりませんでしたが(笑)、『好きにやれ』と言ってくれました。祖父なりの激励方法だったんだと思います。今も元気ですが、もう養殖場に来ることはほとんどないですね」
事業継承早々、ヤマメが一向に売れない危機に
後を継いで間も無く、ピンチが舛本さんを襲います。新型コロナウイルスの蔓延でした。飲食店の営業がストップするなどの影響で、売れるはずの魚が全く売れません。養殖池の中のヤマメが一向に減らないまま餌代や電気代だけがかさみました。
舛本さん「餌の量をちょっとずつ減らし、だましだましでやっていましたが、途中でヤマメは痛み出してしまいました。なかには死んでしまうヤマメも。このままではどうしようもないので、近所の人にタダで渡そうとも考えていました」
藁にもすがる思いで、地元の観光協会に相談すると、協会側から情報発信をしてくれるようになりました。そんな中大量の買取りを名乗り出てくれる業者が現れました。大手スーパー、マックスバリューです。
舛本さん「マックスバリューさんからお声がけいただき、毎週2千尾を買い取ってくれることとなったんです。心の底から、ホッとしましたね。もちろん、仕分けや発送準備も全て一人で行っているのでかなりハードではありますが(笑)。買っていただけるだけで、本当にありがたいです」
「もっと多くの人に知ってもらいたい」釣り堀もスタート
大手スーパーということもあり、地域の方はもちろん福山や岡山など、これまでリーチできなかったお客さんの手に渡ったヤマメ。川魚というと臭みのあるイメージが強いですが、舛本さんが育てるヤマメは一切臭みもなく、お客さんからの人気も上々。また、舛本さんは事業承継後、新たに釣り堀もスタートさせました。メディアで取り上げられたことで人気に火が付き、週末は予約がないと入れない日もありました。
舛本さん「コロナでイベント中止が相次ぐ中、一匹でも多くのヤマメを世に出したい、そんな思いで釣り堀を始めました。もともと私は技術畑だったので、接客業はしたことがありません。本当にできるのかという不安もありましたが、事業を続けるためにはそんなことを悩んでいる暇さえもありませんでした。ホームページや予約サイトの作成など、やらなければいけないことだらけで大変でしたね。
スタート直後からポツポツお客さんは来ていただけましたが、テレビで紹介されてからは一気に予約が埋まっていきました。コロナ禍でアウトドア人気が上昇していることも関係していると思いますね。週末は特に忙しく、予約なしで来られた方にはお断りするしかありませんでした。小さい女の子が泣きそうになっていたときは胸が痛みました。記念写真だけでも撮らせてあげたらよかった、と今も悔やんでいます。ちなみに不安だった接客は、意外とできるんだとやり始めてから分かりました。普段ずっと一人で仕事しているだけあり、人と話すのは楽しいですね」
自然には抗えないが、できることは全部やる
滝ヶ谷養魚場では「過密飼育」という、池の大きさに対してたくさんの魚の飼育する手法がとられています。これはスペースを有効活用できるというメリットがあり、ピーク時には池の底が全く見えないほどたくさんのヤマメたちが泳いでいます。ただし、過密飼育はスペースが狭く、ヒレが傷つくというデメリットも。大きさや品質に合わせて複数の池で飼育していきます。
舛本さん「ヤマメ養殖のために何よりも重要なのは、毎日の掃除です。池の中を綺麗に掃除しておかなければ、ヤマメは病気になってしまいます。感染すると、池ごとダメになってしまうので、毎日欠かさず掃除を行っていますね。少しでもコストを下げるためには、「殺さないこと」が非常に重要なのです。そのため循環装置などもしっかり設置しています。電気代が高額なのが悩みの種ですね(笑)。
また、ヤマメ養殖は豊かな自然があってからこそ成り立ちます。豪雨は水質を変えてしまいますし、落雷は装置を破壊する可能性もある。万が一災害があったらどうしようと常に不安な思いを抱えています。とはいえこればかりは、自分自身でコントロールできるものではないですけどね」
事業継承早々に、さまざまなトラブルに見舞われた舛本さん。どんな時にも「ダメでもやるしかない」という思いでさまざまなチャレンジをしてきました。その背景には、ヤマメを少しでも多くの人に届けたいという熱い思いがありました。
周りへの感謝を胸に、祖父の養魚場を守り抜く
舛本さん「今があるのは、本当に周りの方々のおかげだと感じています。今後はさらにたくさんの方にヤマメを食べていただけるように、養殖場内でのヤマメの販売なども検討しており、資格取得に向けて動いています。資格があれば、市内の飲食店へわたどりした状態で卸せますしね。養殖場もきれいに改装して、より多くの方にお越しいただけると嬉しいなと思います。
私は、事業継承を経て、人間的に大きく成長できたのではないか、と考えています。これまで私は工場で淡々と働いていただけの人生を送ってきましたが、この1年、これまで経験したことのないことにもたくさんチャレンジしてきました。もちろん大変ですし、今も不安がいっぱいあります。ですがそれ以上に、毎日楽しいという感情の方が強いんです。これからも祖父が大切に育ててきた滝ヶ谷養魚場を大切に守っていきたいと思います」
取材時に舛本さんからいただいたヤマメは臭みが一切なく、味塩だけにもかかわらずとっても上品で贅沢な味わいでした。この味をぜひ全国の方にも知っていただきたいと思います。舛本さんの今後の活躍に期待です。
文:佐原有紀