事業承継ストーリー

長岡で200年続く老舗お茶屋を継いだ元システムエンジニア。

新潟県長岡市与板町(よいたまち)の商店街にある「田中清助商店(たなかせいすけしょうてん)」は、1824年(文政7年)創業の200年近くつづく老舗茶舗です。

日本茶・海苔・茶器を直営店で販売するほか、スーパーや小売店に卸販売をしています。

8代目である田中洋介(たなかようすけ)さんは、東京のIT企業でシステムエンジニアとして充実した日々を送っていました。仕事中心の生活から脱したいと地元・長岡市与板にUターンをし、建設会社の経営企画室勤務を経て、家業に入りました。

家業に入ってから既存事業と別に独立採算で新規事業を立ち上げ、実績を積み上げてきました。事業承継のネックとなる借金の問題を乗り越え、5年目の今年の10月に事業承継の予定です。

システムエンジニアを辞めて、家業のお茶屋に入る

200年近く続く日本茶専門店・田中清助商店

8代目である田中洋介(たなかようすけ)さんは、筑波大学で気候気象学を学んだあと、東京のIT企業でシステムエンジニアとして就職しました。「システムは社会の基盤だ」という思いがあったからです。

2014年、9年間勤めた会社を退職し、家族とともに故郷の長岡市与板にUターンします。三人兄弟のなかでも地元志向の強かったことに加え、システムエンジニアとしてさまざまな業種に携わるなかで「システムの上に経営がある」と実感し、経営に強く興味を持ってのUターンでした。

Uターン後2年間は、地元のゼネコンの経営企画室に在籍し経営を学びます。中小企業診断士資格を取得し、2016年に家業の田中清助商店に入りました。

創業200年の老舗のお茶屋で昔ながらの卸メインの販売スタイル

田中清助商店は創業200年近く、日本茶と乾物の卸売業者として50年以上の実績があります。一定の固定客があり、売り上げは安定しているものの生産もせず加工もしない、卸売りがメインの販売スタイルでした。

スーパー向けの売り上げが伸び悩むのに伴い、田中清助商店の売上も年々減少しています。直営店は長岡市の中心部からは車で30分ほどの郊外にあり、新規顧客はわずかです。

厳しい環境のなかで、田中さんは挑戦を始めました。

産地ではない長岡のお茶屋ならではの商品開発 

イベント出店風景

田中さんは家業に入られてから日本茶インストラクターの資格を取得し、システムエンジニア時代の同期でもある妻・庸子さんとともに商品開発、イベントへの出店、お茶の淹れ方講座など新しい事業を行ってきました。

田中さん「商品開発で付加価値の高い商品を作り、新規顧客を獲得していこうと考えました。とはいえ、投資用のキャッシュがないため小さな投資をしていろいろなことに着手しました」

イベント出店をしても商品の茶葉は静岡産や鹿児島産。思うように売れません。産地のお茶屋ではないことが茶葉を売る際の弱みと感じました。

田中さん「付加価値のあることをしないと産地のお茶に淘汰されてしまう。静岡や鹿児島などお茶産地のお茶屋ではないからこそできることをと考え、長岡産の野菜を原料にお茶をつくりました」

長岡産野菜を使った野菜茶

大口れんこん・かぼちゃ・にんじん・ヤーコン・巾着なす・大豆など、長岡産の野菜や豆を使った野菜のお茶は、「芳ばしくて野菜ごとの甘味が感じられて美味しい」と好評で、新潟伊勢丹で取り扱いがはじまりました。地元の新聞などメディアでも取り上げられ、注目を集めました。

新潟伊勢丹でも販売を開始
発酵をテーマにしたお茶クラッカー

長岡市内は、日本酒やしょうゆ、みそといった発酵食品を作る蔵が点在していることから、「発酵のまち」としてPRを展開しています。田中清助商店も、発酵をテーマにした「お茶クラッカー」を開発しました。

田中清助商店のお茶クラッカーは、砂糖を使わず、酒粕・味噌などの長岡産の発酵食品とお茶、ココナッツオイルを配合したこだわりの逸品です。田中さんは「野菜茶に続く、ヒットになれば」と期待を込めます。

商品開発した抹茶ドリンク

日本茶ドリンクの開発もすすめ、抹茶ラテ、抹茶スムージー、ハニー抹茶ラテ、玉露スパークリングなどをイベントで販売しています。売れ行きは好調です。

田中さん「なかなか卸依存の体質は変えられず、売り上げはゆるやかに右肩下がりですが、新製品の開発やイベント出店などの新規事業により、売上総利益率(粗利益率)は1.5倍ほど改善しました」

保守的な考えを持つ先代から、新規事業についてたびたび反対されることもありましたが、小さな実績を積み重ねたことで、田中さんに任せてくれるようになりました。

会社の借金問題を乗り越え、承継を決意

歴史ある田中清助商店

新規事業は走り出しましたが、田中さんは事業承継に不安を抱えていました。

田中清助商店には、少なくない借入金があります。事業を承継すれば、田中さんが借入金もそのまま引き継がなくてはなりません。田中清助商店の借金には父である先代の経営者保証が提供されていました。

経営者保証とは、会社が金融機関から借り入れを受ける際、経営者が借り入れの連帯保証人となることです。経営者保証は、融資の条件として金融機関から要求されることが慣行としてあり、多くの中小企業の融資で経営者保証が提供されています。経営者保証は、会社で借入金を返済できなくなれば自宅や貯金といった経営者個人の資産を借金の返済に充てなくてはならないなどリスクを負います。

田中さんも、事業承継にともない経営者保証を提供することは覚悟していましたが、それ以外の借入金についても返済計画が立てられず、事業承継を決意できずにいました。

そんな状況を変える出来事がありました。

知人からの情報で、中小企業庁と金融庁がとりまとめた「経営者保証に関するガイドライン」の存在を知ったのです。ガイドラインは一定の条件の下で事業承継の際、先代の経営者保証の解除と新経営者の経営者保証なしでの融資の継続を認めています。

ガイドラインに基づき、田中さんは借入先の金融機関に対し、先代の経営者保証の解除と田中さん本人の経営者保証なしでの融資の継続を申し入れ、交渉をしています。

こうして、ようやく事業承継に向けた一歩を踏み出すことができました。

事業のベースがあるのが事業承継のよさ

お茶屋の店頭にて家族と(撮影 朝妻一洋・小池エリ)

田中さん「借金の問題を考えると、事業承継は起業より大変な部分もあります。しかし、わたしはある程度のベースがあったからこそ事業ができたと思っています。お客さんが一切ない状態でサラリーマンから何か起業できたかというと、そんなことはないと思うんです。事業承継は大変な部分もありますが、良さもあります」

田中さんは、事業承継や商品開発秘話をつづるnote、娘とお茶談義を繰り広げるYouTubeなど、SNSで積極的に発信を続けています。

noteにある田中さんの言葉です。

「斜陽産業と言われる業界でも、視点を変えること、そして諦めずに新しい取り組みをし続けることにより、チャンスが生まれるかもしれません――」

今冬、直営店の敷地内にある蔵を改装し、カフェを開業する予定です。
現在は、蔵の改装の計画を立てながら、カフェ提供するメニューを開発しています。

田中清助商店の新規事業によって、商店街の景色が少しずつ変わっていく――。
そんな未来予想図をみた気がしました。

田中清助商店

経営者保証に関するガイドライン

文:林夏子

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