事業承継ストーリー

倉敷で50年続く民藝品店を承継。「配り手」として「作り手」と「使い手」をつないでいきたい

歴史ある町並が残る、岡山県倉敷市の倉敷美観地区。そんな倉敷は民藝品の展示施設なども立地し、古くから民藝が根付いている地域です。倉敷美観地区のすぐ近くに、1971年の創業以来、多くの人に愛されている民藝品店「融民藝店(とをる みんげいてん)」があります。

50年にわたり親しまれてきた融民藝店でしたが、創業者・小林融子(こばやし ゆうこ)さんが高齢のため2021年いっぱいで引退を決意しました。そして2022年より小林さんから融民藝店を承継したのが、現在の店主・山本尚意(やまもと たかのり)さんです。

民藝品販売の会社員になり、事業承継の白羽の矢が立った

融民藝店を承継した山本尚意さんは、もともと倉敷市の出身です。社会人になり上京し、カメラマンとして活動していました。東京都内でスタジオや制作会社での勤務を経て独立し、フリーランスのカメラマンに。転機が訪れたのは、2011年の東日本大震災です。

山本さん「震災をきっかけに、地元・岡山県に帰ることにしたんです。妻の実家も岡山県に近いところでしたし、妻も同意してくれました。

そして帰郷後に就職した会社が、70年の歴史を持つ『岡山県民芸振興株式会社』(以下、岡山県民芸振興)でした。倉敷は民藝の先進的な地域で、1948年に日本で2番目の民藝品展示施設として、倉敷美観地区に倉敷民藝館ができました。民藝館は民藝品を展示する場所でしたが、民藝品を販売し、広める役割の会社として生まれたのが岡山県民芸振興です」

事業承継した融民藝店の店主・山本尚意(たかのり)さん

山本さん「そして融民藝店の創業者・小林融子さんも、かつて岡山県民芸振興で働かれていました。いま融民藝店がある建物は、以前は羽島焼という焼き物の店がありました。羽島焼の店が撤退したあと、建物の大家さんが跡地で民藝品店ができないかと考えていたそうです。

倉敷民藝館や岡山県民芸振興の代表らも、民藝品店の必要性を感じていました。そして当時、民藝の販売店の必要性を意識していた岡山県民藝振興の取締役で、現在の融民藝店の場所を管理されていた方からお話があり、融民藝店の創業に繋がったと聞いています」

やがて融民藝店の創業から50年に経ち、小林さんが引退することに。かつての小林さんと同じように民藝品店運営の声がかかったのが、岡山県民芸振興の社員だった山本さん。声をかけたのは、創業者である小林さんご自身だったそう。

融民藝店は、民藝を広める拠点として地域に必要な店

倉敷ガラスの小鉢

山本さんが岡山県民芸振興に入社したとき、融民藝店を訪れて小林さんにあいさつをしました。それ以来、民藝についてまったく知識のなかった山本さんに、小林さんは「民藝とは何か」「民藝の魅力はどんなところか」など、民藝についてさまざまなことを親切に教えてくれ、親交を深めたそうです。

山本さん「融民藝店は、岡山県民芸振興や倉敷民藝館など岡山県の民藝関係の方々がみんなでバックアップしてきた店です。民藝品を広める拠点の店として、これからも地域に必要な店だと感じていました。それで、思い切って融民藝店を承継する決意をしたんです。50年の歴史がある店で、小林さんが今までやってきたことは大変すばらしいのでプレッシャーもありました。もともとフリーランスで仕事していた経歴もあるので、妻も心配するよりも後押しをしてくれましたね」

岡山のイグサを使った買い物かご

承継後、約1か月の準備期間を経て2022年2月に融民藝店は再開しました。再開後、山本さんの予想した以上に多くのお客さんが訪れたそうです。

山本さん「再開を待ちわびた方がこんなに多いとは思いませんでした。遠方から足を運んでくださった方、観光でたまたま訪れた方、地元の常連の方など、とても多くの方に訪れていただきまして、おかげさまでとても忙しかったです」

融民藝店のお客さんは、倉敷観光の合間に寄る方もいますが、融民藝店を目的に遠方からやってくる方も多いそうです。中には、定期的に来られる方もいます。また融民藝店は観光地にありながら、地元の常連のお客さんも多いのが特徴。さらにお客さんの中には、社員への記念品としていつも融民藝店で商品を選んでいるという企業もいるそうです。

民藝品は、日常で使うことで魅力が引き立つ

祐工窯(福岡県北九州市)の白磁の湯飲み

民藝とは”民衆的工藝”という意味です。”藝”は本来「種を蒔き、育ち、花開く」という意味で、「草を刈り取る」という意味の”芸”とは全く違う意味でした。民藝という言葉は大正時代に生まれたものです。当時は、観賞目的の美術的な工芸品が主流でした。それに対して生活の中に美があるとし、職人によってつくられる日常的な生活道具としての工芸品を民藝品と呼んだのです。

山本さんは、次のように民藝品の魅力を語ります。「日々使っている中に、ふとしたときに美を感じる瞬間があるのが民藝品の良さだと思います。小林さんも社員時代の私が訪れたとき、お気に入りの民藝品の器で飲み物を出してくれました」

「民藝品は基本的に、あまり高額ではありません。日常で使うものだからです。もし壊れたても、また買って楽しめるというのも民藝品の魅力ですね」

「配り手」として「作り手」と「使い手」をつなぐ

読谷山焼北窯(沖縄県)の大皿

融民藝店ではずっと、「配り手」「作り手」「使い手」の3者の輪を大事にしてきたと山本さんは語ります。

山本さん「配り手というのは、私たちは売り手・販売者のことです。民藝品をつくる「作り手」と、買って使う人「使い手」をつなぐ役目があります。小林さんはお客さんとの信頼関係はもちろん、全国の作り手の方との信頼関係も築いてこられました。たとえば沖縄県の人間国宝の陶芸家・金城次郎さんからの信頼が厚かったです。そういった配り手としての心を受け継いでいき、配り手・作り手・使い手の3者をつないできたいと思います」

小林さんの意志や思いを受け継ぐだけでなく、山本さんならではの工夫も加えていっています。山本さんは岡山県民芸振興時代、オンラインショップの起ち上げに関わったそうです。もちろん、かつてカメラマンでしたので写真は得意。それらの経験を生かし、民藝品のオンラインショップを開始しました。

山本さん「民藝品は手仕事でつくられていますので、同じ商品でもよく見ると微妙に違いがあります。その個性も民藝品の楽しみのひとつです。焼け方の違いや模様の違いなどがあります」

しかし、オンラインショップでは手に取って細やかな部分を見られません。そのため「オンラインショップ上で個々の違いをどう感じてもらうか」というのが課題だと山本さんは感じているそうです。

山本さん「同じ商品のひとつひとつを撮影して、それをオンラインショップに掲載することにしました。そしてお客さんに、同じ商品のどの在庫が欲しいか指定して購入してもらうように考えています。オンラインでも配り手として、作り手と使い手をつないでいくのは同じだと思うんです」

長年にわたり倉敷で民藝品の良さを伝え、広めてきた融民藝店を承継した山本さん。先代・小林さんが大切にしてきたものを受け継ぎつつ、山本さんの経験を生かした新しい融民藝店に注目です。

文・淺野陽介

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