事業承継ストーリー

廃業寸前の生地問屋が業界の常識を覆し、生地カタログをWEB化。10年で売上10倍に

大阪市中央区に位置する船場センタービルは、東西約1000mにもわたる大規模商業施設。Osaka Metro御堂筋線の本町駅に直結しているためアクセスは抜群、ビル内には雑貨店や繊維の卸問屋、飲食店など計800店が立ち並びます。

その一角にあるのが、生地問屋YAMATOMI(以下、山冨商店)です。1946年、戦後間もない船場の地で創業し、生地・繊維の卸売業を営んできました。

山冨商店の特徴は、カタログサイトで1万種類もの生地から必要な生地を検索し、購入できること。カタログサイトを構想したのは専務取締役の濱本隼瀬(はやせ)さん。繊維産業が衰退し、経営危機に瀕する山冨商店を救うべく見出した活路でした。

生地問屋の業界を覆し、新たな風を呼び込んできた隼瀬さん。そんな息子を見守り、支え続けてきた社長の濱本嘉也夫(かやお)さん。経営危機を乗り越え、今日の山冨商店に至るまでの道のりをお二人に伺いました。

羽振りのいい祖父と父。経営者に憧れた幼少期

隼瀬さんが子どもの頃、創業者の祖父からもらったお年玉は三万円。家業を継いだ父・嘉也夫さんも羽振りが良く、欲しいものはなんでも買ってもらえたそうです。

隼瀬さん「幼い頃、父や祖父の姿を見て『自分で商売をやると儲かるんだな』と思っていました。だから、『社長になりたい』という憧れが膨らんでいったんです。家業を継ぐのではなく、『独立して自分の力で商売をしたい』という思いが強かったですね」

「いつか自分の会社を作りたい」という隼瀬さんの想いは、大学を卒業し、一般企業に入社した後にも変わることはありませんでした。転職し、複数の職種を経験しながら、独立へと準備を進めていきます。

YAMATOMIが入居する船場センタービル。2015年に新しく建て替えられた

とりあえず家業に入るも、父の入院で明らかになった経営状態に愕然

28歳の頃、会社を退職した隼瀬さん。次の仕事が決まっていない中、嘉也夫さんから「うちに入社しないか」と誘われます。

嘉也夫さん「『後継者になってほしい』という意図があったわけではありません。当時、繊維業界の市場が縮小し、商売自体が衰退していたので、『いずれは廃業するだろうな』と思っていましたしね。ただ、転職を繰り返す息子の姿を見ていると親としては心配で。一旦うちで働いてみて、その経験をステップにして新しい道を見つけてほしいと願っていました

嘉也夫さんが廃業を視野に入れていることなどつゆ知らず、隼瀬さんは2010年、山冨商店に入社します。

しかし、その直後に嘉也夫さんが腰を痛め、2ヶ月月間入院することになったのです。父の入院を機に、山富商店の経営状態を把握することとなった隼瀬さん。「会社の預金が想像していたよりも少ない」という現状を前に、愕然とします。一緒に働いていたベテランスタッフからも、「転職先を探しなさい」と言われる始末。山冨商店に残るか、転職するか。隼瀬さんは悩んだ末、山冨商店に残ることに決めました。

隼瀬さん「独立を夢見ていた僕にとって山冨商店は、あくまで一時的な居場所にすぎないと考えていました。でも、ふと思ったんです。事業の立て直しもできない自分が、独立してうまくやっていけるのかと。だから、まずは家業でできることをやらせてもらおうと考えました」

生地屋の前で美容ローラーを販売。新規ビジネスを検討するもパッとしない日々

事務所の前で美容ローラを販売

「まずはキャッシュを生み出さなければ」と考えた隼瀬さんは、前職の経験を通じて美顔ローラーの販売を始めます。

隼瀬さん「前に勤めていた美容機器メーカーの営業部長に相談して、美容ローラーを問屋価格で卸してもらいました。そして、店の前に売り場を作って前を通りかかったお客さんに声をかけたり、近場のエステサロンに営業したりしていましたね」

前職での営業経験が功を奏し、半年で売上500万円に到達。その資金を元に隼瀬さんは、山冨商店の新規ビジネスを立ち上げるべく、様々なビジネスモデルを考え、勉強会にも足を運びました。ところがなかなかカタチにならず、チャンスも見出せずにもがく隼瀬さん。そんな隼瀬さんに、嘉也夫さんが「家業を立て直してほしい」と頼んだことは一度もなかったそうです。

嘉也夫さん「失敗してもいいから、自由にやってもらいたかった。うまくいくとも思っていなかったし(笑)やるだけやって経験を積んでもらいたいという気持ちでしたね」

転機は北海道のお客さんとの出会い。業界の常識を覆し、カタログサイトに挑戦

転機をもたらしたのは、北海道からきたお客さんでした。プリント生地を探すために船場センタービルを訪れ、たまたま山冨商店の前を通りかかったそうです。

カタログを見たお客さんは「こんなにたくさんの種類の生地があるんですね。まさにこんなのが欲しかったんです」とその場で50種類の生地を1mずつ注文。最終的には、量産用の生地も注文してもらい、カット賃を含め100万円もの売上になりました。

嘉也夫さん「生地問屋では、お得意様を相手に、1反50m単位での商売が基本でした。カタログに掲載されている生地の場合、1カット1,500円のカット賃がかかるので、カットしてまで買う人などいないと思っていたんです」

カタログ掲載の生地であっても、商品開発やサンプル製作のために、カット賃を払って購入したい人が全国にいるかもしれない。ビジネスチャンスの到来を確信した隼瀬さんは、カタログサイトの制作を思いつきます。

目標は、誰が見てもわかりやすく、安心して利用してもらえるカタログサイト。そのため、”生地の価格は非公開、顧客ごとに価格を決める”という生地問屋の常識を覆し、生地の価格を公開することにしました。また、生地を触って検討したいお客さんのために、サンプル帳を無料で送るサービスも始めました。

カタログサイトのトップページ

そして2013年、山冨商店のカタログサイトがオープンします。最初は月5〜10万程度の売上だったものの、一年後、売上は月100万円に達しました。

当初の仕入先は数社、取り扱う生地の種類は約2000種類。立ち上げから7年経った今、仕入先は60社、生地の種類は約1万種類になり、売上は10倍になりました。

サイトと事務所のギャップを埋める。お客さんのために作ったショールーム

ショールームにずらりと並ぶ、カタログ

山冨商店のもう一つの特徴とも言えるのが、ショールームです。

隼瀬さん「カタログサイトは徐々に整備していったものの、事務所は雑然としたままでした。すると、カタログサイトをみて事務所に来たお客さんが、中に入るのをためらい、気まずそうに素通りしていくのを見かけるようになって。

カタログサイトと事務所のイメージにギャップがあったんでしょうね。せっかく期待して来てくださったお客さんが、事務所を見てがっかりする。それがすごく嫌で、自由にサンプルを見て回れるショールームを作ろうと決心したんです」

隼瀬さんが作り上げたのは、開放感あふれる木目調のショールーム。1万種類ものサンプルが並び、生地の風合いや色味、厚みを確認できます。

企業の担当者やハンドメイド作家など、幅広い層の方々がショールームを訪れるそうです。

喧嘩しつつも互いを認め合い、事業を発展させてきた親子

左:濱本隼瀬さん 右:濱本嘉也夫さん

これまで、息子の挑戦を見守ってきた嘉也夫さん。在庫の処分やクレジットカード決済の導入など、息子の取り組みに反対して喧嘩したこともあったそうです。

嘉也夫さん「最初は、いろんなことをしようとする息子の姿が、危なっかしく見えました。でも、あるとき気づいたんです。実際にやっていくと『息子の言い分が正しかった』と思えるときもある。今では、息子の意見に大きく反対しなくなりました

一方で隼瀬さんは、嘉也夫さんから商売の基本的な考え方を学んだと振り返ります。

隼瀬さん「船場ならではの商売のコツがあるんです。父は特にクレーム対応がうまくて。長期的な目線で考えて敢えて損をかぶったり、事実を伝えてお客さん自身に結論を出してもらったりと、父ならではの対応から学ぶこともあります。

父が培ってきた商売の手法を活かしつつ、これからの時代に合った新しい方法も考えていくつもりです」

昔と今、息子と父。山冨商店が目指す理想の会社、そして経営者とは

嘉也夫さん「昔と今とでは、商売の形態や考え方が違いますし、何が正解なのかもわかりません。ただ、引き続き視野を広く持って楽しく仕事してほしい。それだけです

嘉也夫さんの言葉を受け、最後に隼瀬さんから今後の展望を伺いました。

隼瀬さん「これまで、『こんな生地問屋があったらいいな』と思い描き、そのイメージを形にしてきました。ですが正直、ここから先の姿がはっきり見えないんです。時代のうねりを感じる中で、どう対応すべきか結論を出せずにいます。

ただ僕は、山冨商店の規模を大きくするよりも、社会にどんな付加価値を届けるべきかを深掘りしていきたい。そういう会社が今後、生き残っていくと思います。だから僕は、『現場にいない社長』になりたいですね。僕がいなくても仕事が回る状態を維持して、僕は僕で、新しい事業を考えていきたいです」

業界の常識を覆し、新たな視点で付加価値を生み出してきた山冨商店が、今後どのように変貌を遂げるのか。目が離せません。

文:三間有紗

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