博多駅から特急と普通列車を乗り継いで約50分ほどの場所にある、福岡県みやま市瀬高町。駅前通りは民家や商店などが立ち並び、静かで暮らしやすい町です。
その町に、明治23年創業、132年の歴史を持つ「吉開のかまぼこ」があります。全国からもファンが絶えなかった希少な無添加蒲鉾のお店ですが、2018年6月に周囲に惜しまれながらも一度閉店。3年半の月日を経て、2021年12月に若き代表・林田茉優(はやしだまゆ)さんを迎え、再スタートを切りました。
再スタートの裏にはどのような物語があったのでしょうか。
「廃業」という選択を減らすべく、大学の仲間とプロジェクトを発足
林田さんは高校卒業後、福岡県内の大学へ進学。大学4年を前にして、何をテーマに学ぼうかと考えていたとき、偶然、”痛くない注射針”で有名な、東京都にある「岡野工業」が廃業するニュースを知ります。
廃業の真相を知るため、林田さんはすぐに岡野工業へ電話をしたり手紙を書いたりして、想像もしていなかった廃業の真相を聞くことになりました。
林田さん「当時、岡野社長は病気を患っていらして、人を教える体力がないから廃業するしかなかったそうです。『一緒に教え合い、学ぶっていう時間が大事だから、どれだけお金を積まれても一生の技術っていうのは引き継げるものじゃない』と言われました」
技術承継の難しさを痛感した林田さんは、岡野工業のような、価値ある技術を持ちながらも後継者がいない企業が他にもあるのであれば、”廃業”という事態を少しでも減らしたいと考えました。大学で「後継者未定問題」をテーマにしたプロジェクトを発足。福岡で後継者問題を抱えている企業がないかどうか、探しはじめました。
後世に残したい理想的な企業と出会うも、会社は解散
林田さん「事業承継の課題に取り組む福岡の財団に相談しました。すると、今は休業しているけど、ぜひ残したい蒲鉾屋があると聞いて、すぐに吉開さんにお電話しました」
大学4年の8月、プロジェクトの仲間たちと一緒に「吉開のかまぼこ」を訪問した林田さん。元々は魚屋で、三代目である吉開喜代次(よしがいきよじ)さんの代から、お客様からのリクエストで完全無添加の蒲鉾を作りはじめたことやこだわり、休業までの経緯とお店に込める想いについて話を聞きました。
林田さん「お客様への想いを商品として形にして、ファンから復活を強く望まれるって、企業として理想的というか、私もそういう仕事がしたいなと思ったんです」
吉開さんの熱い想いを感じ、「力になりたい」と申し出た林田さんたちは、吉開さんの快諾を得て、引き継ぎ手を探しはじめました。とはいえ、すでに休業している企業を引き継いでくれる相手は簡単には見つかりません。
林田さんは、大学卒業後も後継者未定問題に取り組むべく、起業して、後継者がいない企業を対象にする売り手支援などを行いながら、「吉開のかまぼこ」の承継先候補も探していました。
2020年の暮れ、ようやく承継希望の企業が見つかりますが、近所の方から「臭いが気になる」などの意見をいただき、工場を移転させる必要性が出てきたそう。費用がかかりすぎることを理由に、相手の企業も手を下ろし、「もうどうすればいいかわからなくなってしまった」という林田さん。
とうとう、その後も承継希望者は現れず、2021年の6月、「吉開のかまぼこ」はやむなく会社を解散することになりました。
吉開さんからの電話で奮起。試作づくりと地域の協力
2021年6月に会社を解散した吉開さんですが、ある日、林田さんに電話をしてきたそうです。
林田さん「『蒲鉾を作りながら死ねたら幸せだ』って言われたんです。もう諦めるしかないのかと考えていたんですけど、その言葉を聞いたときに、『一緒に原料を仕入れるお金を出すから、作りましょうよ』と伝えました」
そうして、林田さんと吉開さん、「吉開のかまぼこ」を林田さんに紹介した財団の担当者3名の出資によって、2021年の9月、林田さんたちは3年ぶりに蒲鉾を作ることになりました。
蒲鉾作りを再開するにあたり、近所の方からの”臭い”に対する意見を解決するため、林田さんは毎週のように福岡市内からみやま市へ通い続けました。そして、何が原因なのかを、とことん地域の人と話し合いました。はじめは取り入ってくれなかった人も、一緒に解決策を考えてくれるようになったといいます。
近所の方のアイデアで臭いの問題も解決し、工場を再稼働できるようになった林田さんたちは、ついに試作の日を迎えました。
林田さん「試作した一番の目的は、3年間休業して、吉開さんが蒲鉾をまだ作れるかが心配だったからです。まだ作れるなら、もう1度後継者探しに走り回ろうかと思っていました」
試作品を作った翌日、林田さんたちは、プロジェクトを応援してくれている方々向けの試食会と配布会を企画。ご近所の方だけでなく、福岡市内から来た人もいたそうで、総勢60人ほどが足を運んでくれたそうです。
林田さん「その時作った蒲鉾は、本当に美味しかったですね。来場してくれた皆さんもすごい喜んでくれました。特に、地域の方たちは『この味だよね』と懐かしんでいる様子で、やって良かったなと思いました」
3年の休業を経ても劣らない吉開さんの蒲鉾作りの技術と、地域の方の蒲鉾に対する親しみや想いを改めて確認した林田さん。「吉開のかまぼこ」を後世に残すため、再び動きはじめます。
同じ想いを持つ会社との出会い。社長として引き継ぐことを決意
時を同じくして2021年の秋頃、林田さんが相談していた日本的M&A 推進財団に「既存社員のやりがいを引き出すために、ものづくりや商品を企画したりするような事業を一つ持ちたい」と、事業承継について相談をしていた人物いました。現在の「吉開のかまぼこ」の親会社、フロイデ株式会社代表取締役社長の瀬戸口将貴(せとぐちまさたか)さんでした。
3年ぶりの蒲鉾作りを実現した日、財団から「フロイデの瀬戸口さんに蒲鉾を持っていってくれないか」との電話をもらった林田さん。瀬戸口さんと話し、すぐに吉開さんに会いに行くことに。瀬戸口さんは、吉開さんの蒲鉾に対する熱い思いに感動し、「こだわりあるものづくりの技術をぜひ後世に残したい」と承継を決心したのです。
2021年11月、フロイデと共に2回目の蒲鉾試作を作った際、林田さんは、現在の工場長である西山航貴(にしやまこうき)さんと出会います。
西山さん「僕は元々、ポーカーのディーラーをしていたんですが、他の仕事を探そうとしていた時、友人として親しくさせて頂いていた瀬戸口さんより『蒲鉾屋を引き継ごうと思うんだけど、一緒にやらないか』と言われたんです。びっくりしましたけど、瀬戸口さんのことを尊敬していたので、お声がけいただいて嬉しい気持ちが大きかったですね。
11月の試作の日に瀬戸口さんについて行って、実際に蒲鉾をいただきました。こんな美味しいものを作る会社がなくなるのは寂しいし、残していきたいなと思いました。一度止まっているものを再稼働させるって、なかなか経験できることではないし、この承継にすごく面白みを感じたんです」
西山さんが「吉開のかまぼこ」に加わることになり、いよいよ調印式まで1週間と迫った2021年12月半ば、林田さんはフロイデの瀬戸口さんから驚きの提案を受けました。
林田さん「『社長をやらないか』と言われたんです。それまで、瀬戸口さんが兼任で社長をされると思っていたので、驚きました」
「人生において重要な経験になるのでは」と期待する一方、若い自分が社長になることで、「急な製造業の買収を不満に思う社員がいるのでは」という不安の間で揺れていたという林田さん。
林田さん「はじめは断ろうとしたんですけど、『一番思いの強い人が真ん中に立ってないと、誰の応援も受け取れないし、チームすら作れない。諦めずにここまでやってきた林田さんの思いが強いことは、既に実証されてるでしょう』と言われました。今までの活動を評価して頂いたのが嬉しくて、私しか引き継げる人はいないと思い、『社長やります』とお返事しました」
初めて吉開さんに出会ったときから、お客様を大事にする思いと、そのお客様が復活を熱烈に求めている事実に感動し、「吉開さんの思いを実現させたい」と、今まで活動してきた林田さん。誰にも負けない「吉開のかまぼこ」に対する熱い想いが背中を押しました。
「健康社会に貢献する」ものづくりを目指して
代表取締役社長として、12月の調印式を終えた林田さん。まず取り組んだのは、「吉開のかまぼこ」の価値や魅力、コンセプトを再定義することでした。
林田さん「吉開さんに『”健康社会に貢献する”という理念の元、新しい時代に合った蒲鉾を作ってくれたら嬉しい』と言われていたんです。守るべきものと変えていくものはちゃんと判断して、『吉開のかまぼこ』のこだわりを打ち出していけたらいいなと思っています」
今後は商品開発も進めて行く予定だという林田さん。古式かまぼこと同じすり身を使った天ぷらやちくわの開発、高タンパク質で低脂質・低糖質、低カロリーな蒲鉾のヘルシーさを活かして、ダイエットや筋トレ好きの方に向けた商品にもチャレンジする予定です。
承継後、システム会社であるフロイデとのシナジーも生まれています。
林田さん「その日の気温や湿度、魚の状態によって、蒲鉾を練り上げる時間や寝かす時間は変わります。吉開さんは、それらの数値を記載した秘伝のノートを作っていらっしゃいました。私達は、その職人の技術を標準化して、だれでも使えるようにデータ化したり、ネット販売をする際の顧客情報などをシステムで管理できるようにしていく予定です」
最後に、地域と会社の未来について林田さんに伺いました。
林田さん「地域にあるお店は、大事なお客様が集まるコミュニケーションの場でもあります。だからこそ、月に一度だけでもお店を開ける日を作りたいと考えています。オンラインだけだとお客様の反応が直接見えないので、場所としての価値もしっかりと考えていきたいですね」
承継後は、取引先やお客様などとの関係構築やコンセプト作成など、日々やりがいを感じているという林田さん。将来的には、蒲鉾の海外展開まで見据えているといいます。
林田さん「『世界中の健康社会に貢献する』ことを念頭に、海外にも商圏を広げて、特にコアなファンの方に食べていただけるよう『吉開のかまぼこ』を育てていきたいと思います」
事業承継について、「どう花開いていくかは、引き継ぐ人や協力してくれる人たちで変わっていく」と語る林田さん。「吉開のかまぼこ」は、後継者問題に直面している全国の事業者さんたちにとって、一つのモデルです。これからも、林田さん率いる「吉開のかまぼこ」の取り組みから目が離せません。
文・栗原香小梨