事業承継ストーリー

予定外の突然の承継。窮地を乗り越えた社員6人の町工場が、埼玉から世界を照らすまで

埼玉県八潮市で、導光板を使用したオーダーメイドの照明を製造している株式会社ワイ・エス・エム。板金の製造を主として創業し、その板金加工技術と照明技術を融合させた製品が、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」で使用されるなど、幅広い事業を手掛けています。

近年は自社ブランド「Y.S.M PRODUCTS」を設立。新進気鋭のデザイナーと商品開発を行い、今までにない先進的なデザインと、それを可能にした技術が高く評価され、国際的なデザイン賞を次々に受賞し、海外からも注目を集めています。

Y.S.M PRODUCTSの製品「LIGHT SHELF」愛用品を美しく飾る

一見すると順風満帆にも見えるワイ・エス・エム。しかし、予期せぬ突然の事業承継から今日に至るまでの歩みは、決して平坦ではありませんでした。現在代表を務める八島哲也さんに、その道のりを伺いました。

ある日突然降りかかった社長という役職

株式会社ワイ・エス・エム 代表取締役 八島哲也さん

大学を卒業後、社員として同社に勤めていた八島さん。先代社長である叔父の元で早くから働いていたこともあり、「いつか継ぐのは自分かもしれない」と頭をかすめたことはあったけれど、それはまだ先の話。そう思っていた矢先の2010年、先代の社長が急逝し、その時八島さんは突然「自分が継ぐ」か「会社を閉める」かという2択に迫られました。

心の準備をする間も無く訪れた窮地に、不安と戸惑いを隠せなかった八島さん。その背中を押したのは、従業員や家族の「ついていくよ」という言葉だったと振り返ります。「自分が継がなかったら無くなってしまう」。その思いから、事業承継を決断しました。

暗中模索の経営、莫大な赤字…逃げ道ばかり探したスタートライン

周囲の応援と協力が後押しした、ワイ・エス・エムの再スタート。しかし、何の引き継ぎもなしに会社を任された八島さんを待っていたのは、悪戦苦闘の日々でした。

参加したことのなかった各所との打ち合わせ、未経験の会社経営、さらにはリーマンショックの影響もあって先代社長が抱え込んでいた赤字は、想像をはるかに上回るものでした。そして追い討ちをかけたのは、承継から約半年後に起きた東日本大震災。

八島さん「何度も逃げたいと思いました。」

何から手をつければ良いのか、やり方もわからない。目の前に積まれた赤字は減ることはなく、支払うものばかり増えていく。先が見えない日々が続くにつれ、徐々に八島さんの精神も追い詰められていきました。

逃げたかったのは自分だけ。前だけを見ていた仲間と家族

八島さん「もうお手上げするしかない…。そう思いました。」

自分には、もうどうすることもできない。その思いを正直に、従業員と家族に打ち明けました。しかしそれを聞いた仲間たちの反応は、予想外なものでした。

八島さん「みんなから『まだやれることはある。踏ん張れるところまで、全力でやってみようよ。』と言われました。この最悪な状況下で、後ろ向きな発言をする人がひとりもなかったんですよ。

その時初めて、”逃げる”という選択肢があったのは自分だけだった、と気づきました。逃げる道ばかりを探していたけれど、自分以外の誰ひとりとして、”逃げる”ことを選択肢として持っていなかった。逃げることを選べないのなら、もうやるしかない。そう決心したら、少しずつ前を向くことができました。」

それから地道に営業を重ね、時には各所に頭を下げて仕事を受け、4年の歳月をかけてワイ・エス・エムを立て直していきました。

自分たちの照明で、人を幸せにできる

この頃に八島さんが心がけていたのは「いろいろな人に積極的に会うこと」だったと言います。

そしてある時に参加した、町工場とデザイナーを繋ぐイベントでの、デザイナーとの出会いが大きな転機となりました。「このデザインの照明を作ってほしい。」というデザイナーの熱意を受け止めて新商品を開発。制作の一部の過程ではなく、設計から完成までを一貫して手掛けられるワイ・エス・エムの強みと、薄い平面を均一に発光させる技術がここでも発揮されました。

自社ブランド Y.S.M PRODUCTS 記念すべき1作目「HOOP」

この時に生まれた「HOOP(フープ)」の商品化を機に、BtoC(消費者向け)の商品開発を展開し始め、自社ブランド「Y.S.M PRODUCTS」の設立へと繋がりました。そのコンセプトは「日常に色どりを与え “ひととき”をつくる」。照明でみんなを幸せにしたいという思いから設立に至りました。

この「HOOP」の商品化にあたり、クラウドファンディングにも挑戦しました。その結果、なんとたった1日で目標金額を達成し、最終的には100人を超えるサポーターがワイ・エス・エムの思いに共感し、賛同しました。

「自分たちの作る照明は、人に喜んでもらえるんだ。人を幸せにできるんだ」。 八島さんたちは大きな挑戦を乗り越え、目標金額以上に大きな価値を見出しました。

モノづくりの世界はフラット。6人の町工場の照明が世界を照らせる

またしても、ワイ・エス・エムに大きな転機が訪れました。海外バイヤーとの商談会に初めて参加した時のことでした。そこでヨーロッパ最大級の世界的家具メーカーVITRAの方から、「すぐに欲しい。あなたたちの商品はヨーロッパで評価されるはず」という高い評価を受け、フランスの展示会「MAISON&OBJET」への出展を勧められました。

空間を詩的に変える1冊の照明「NIGHTBOOK」

2019年には実際にフランスで初出展し、パリのルイヴィトンミュージアムとスイスのVITRAで、自社製品である「NIGHTBOOK」の販売がスタートするという大きな成果に繋がりました。「空間を詩的に変える」というコンセプトの、本の形をした照明「NIGHTBOOK」は、世界3大デザイン賞と言われるiF DESIGN AWARD(ドイツ)、DFA AWARDS(香港)、Design Intelligence Award(中国)を受賞しました。

八島さん「海外の方々から受注してもらえたり、世界的なデザインアワードで賞をいただいたりする中で、会社が大きいとか小さいとか、名が売れているとか売れていないとか関係なく、世界中フラットなんだと知りました。

たった6人の町工場で作った光が、世界中の人に買ってもらえて、その人たちを笑顔に出来るかもしれない。モノづくりって楽しい。夢が描ける。そう思います」

埼玉の「小川和紙」の伝統を一緒に紡ぐ

八島さんたちが次に開発したのは、和紙と真鍮を融合させた「and-on」。

埼玉県小川町で作られている伝統の小川和紙は、国産の楮(こうぞ)を原料として、職人が1枚1枚手で漉いています。しかし楮は年々減少し、危機的状況にありました。八島さんをはじめとするワイ・エス・エムのメンバーが、危機の中で奮闘していた和紙職人の情熱に触れ、共に伝統を紡ぐため「and-on」は生まれました。

『素朴で温かみのある小川和紙を通して、優しい光が空間を包み込む』

和紙が作り出す柔らかな光の魅力を最大限見せながらも、和のイメージが強い「和紙と照明」の組み合わせに、多様性という幅を与えた真鍮の曲線美。作り手のこだわりを詰め込みました。

ワイ・エス・エムは、モノづくりにストーリーや思い、作り手の顔などの「コトづくり」を掛け合わせる、独自の商品開発へと舵を切りました。

「ワイ・エス・エムは想いを形にして、関わる人の未来を照らし続けます」
この経営理念を胸に、八潮から世界を照らす6人の町工場。

暗くなりがちなニュースが飛び交う日々に、とっておきの照明を迎えて、生活を柔らかく照らしてみませんか?

Y.S.M PRODUCTS WEBショップ

文・船津さくら

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