事業承継ストーリー

障がい者雇用を目的に温泉旅館を継承。見慣れた光景に付加価値を見つけ、新たなサービスを作り出すプロレスラーの挑戦

北海道三笠市にひっそりとたたずむ温泉宿「湯の元温泉旅館」は、国が実施する桂沢ダム建設の寄宿舎として使われていた建物を、初代のオーナーが買い上げて開業しました。当時の主な宿泊客は工事関係者でしたが、長年にわたる工事が終了し、「お得意様」を失うことに。

そんな旅館を承継したのは意外な経歴を持つ人物。三笠市の山奥で、温泉旅館と障がい者就労支援を行う、杉浦一生さんに話を伺いました。

プロレスラーから障がい者支援に転身

「湯の元温泉旅館」を訪れると、オーナーの杉浦一生さんが迎えてくれました。身長192㎝と群を抜いて大柄。それもそのはず、杉浦さんはかつて全日本プロレスに所属したプロレスラーなのです。

杉浦さん「小学生の時にプロレスラーに憧れ、高校は地元・岩見沢市のレスリング強豪校に入学。全国大会2位という実績を引っ提げて山梨学院大学へ進学しました。2005年6月に全日本プロレスに入団し、『ブルート一生』のリングネームで、国内外の試合に参戦しましたが、右肩固定箇所の骨を折る大怪我を負い、2007年9月に引退しました」

杉浦さん「引退後は大学でコーチをしたり、飲食店で働かせてもらったり、ボディーガードの専門学校に通っていました。ボディーガードというと要人の警護と思われがちですが、主な仕事は精神疾患者や薬物依存者の医療機関への移送でした」

自己防衛が強かったり、ゴミ屋敷に住んでいるなど、障害がある方の気質や生活は様々。そうした人々に寄り添い、話に耳を傾け、安全を確保しながら病院に向かうのが杉浦さんの役割です。それを契機に関東で障がい者のグループホームを開設。事業は堅調に拡大しましたが、思いがけない落とし穴が待っていました。

杉浦さん「これまで詳しく話したことはありませんでしたが、実は自分の意思ではない事情によって経営から離れることになりました」

障がい者の働く場を求めて温泉旅館を継承

怒りや失意など様々な感情を抱えて北海道・岩見沢市に帰郷した杉浦さんは、そこで新たな事業を模索します。

杉浦さん「これまで障がい者の自立で大きな課題となっていたのは就労先の確保です。岩見沢周辺を拠点に障がい者が安心して暮らせる場所を確保し、雇用先を見つけることを考えました」

廃校になった校舎など、グループホームとして活用できそうな物件を探していたところ、湯の元温泉旅館が売り出されていることを知ります。

杉浦さん「2018年に発生した胆振東部地震の影響を受けて建物が傷んでいたり、工事関係者の宿泊が減少しているなど、ネガティブな要素はありましたが、旅館として稼働しているので、すぐに障がいを持つ方を雇用することができます。『ここで新たにスタートを切ろう』と、事業を承継しました」

承継に伴い、壁をきれいにし、畳を新しくするほか、和室を改装して安価に泊まれるドミトリータイプの部屋を設けました。譲渡費用や改装費用、別館をグループホームとして認可を受けるための費用など、経費はすべて銀行からの借り入れです。

杉浦さん「旅館業だけでなく、事業計画の中に障がい者雇用を取り入れたことが評価されたのだと思います。関東でのコネクションを使って、東京近郊から12人の入居者を受け入れ、そのうち3人がスタッフとして働いています。接客以外の様々な業務を行っていますが、やりがいを持って一生懸命働いてくれています」

三笠の魅力を発信して一般客に目を向けてもらう

杉浦さん「承継後は、一般客を引き込むことが課題になります。グループホームの運営管理をすることによって、ある程度は旅館に還元できる見込みはありましたが、それだけでは限界が見えてしまいます。どうしたら観光客を呼ぶことができるか調べていると、旅館周辺は車の通りが多いことに気づきました」

湯の元温泉旅館の前にある「岩見沢三笠線」は、数㎞奥の桂沢湖から富良野方面に向かう国道452号に接続しています。そのため、ラベンダーの見頃となる7月や、秋の紅葉のシーズンは渋滞が発生します。

杉浦さん「三笠の魅力を発信して、富良野に流れる人たちの足を三笠に向けられないか、渋滞に諦めてUターンして帰っていく人たちが、三笠を観光してくれないだろうかと考えました」

裏山散策でお宝を発見

旅館の裏山の笹薮を歩いていると、ログハウスや池を発見した杉浦さん。もっと奥には、ご神木と思われる大木や、馬頭観世音もあることが分かりました。たまたま入浴に来た先々代のオーナーから、そこが旧道だったことを知ります。「なるべくなら昔のままがいい」とアドバイスを受け、自然を活かしたキャンプ場を作ることを思いつきました。

杉浦さん「最初は手作業で木を切り、笹を刈りましたが、その様子をSNSで発信したところ、『一生かかっても終わらない』と、隣町の人が重機を持ってきてくれました」

2020年の夏に「すぎうらんど王国」と名づけられた夢の場所が完成。キャンプ場はソロキャンプブームを受けて、小さな10区画のサイトが敷地内に点在しています。聴こえてくるのは野鳥の声や風の音だけ。水場やトイレは旅館の施設を利用しなくてはなりませんが、湯の元温泉旅館名物の鴨鍋をテイクアウトしてテントサイトで食べたり、デリバリーされた生ビールを飲みながら星空を眺めることができます。

杉浦さん「旅館やキャンプ場の清掃は障がいがあるスタッフが行っています。障がい者は『何もできない』と思われているかもしれませんが、『なにもさせてもらえない』という言い方が正しいかもしれません。この場所から偏見を驚きに変えていきたいです」

自分には何ができるのか。その答えを求めて再びリングに上がる

現在、杉浦さんは、北海道を中心に興行を行う北都プロレスで、「北海熊五郎」としてリングに上がっています(公式には別人)。「自分には何ができるか」を模索する中で、情報を発信する手段としてプロレスに復帰しました。

杉浦さん「こうしてインタビューを受けることで、三笠の魅力や障がい者に目を向けてもらえますし、グッズを作ることで新たに彼らの就労の機会も増やせます。全日本プロレスは華やかな世界でしたが、お客さんを身近に感じられる今は、それとは異なる楽しさがあります」

昨年、湯の元温泉旅館前で行った興行を見た十勝管内の中学生が「自分の町でもプロレスを開催したい」と奔走し、このほど試合が行われることになりました。

杉浦さん「将来的にはリングを常設し、スポーツを通した交流を広げたいと思っています。前の法人では悔しい思いをしましたが、今は夢がいっぱいです」と笑顔がこぼれます。

継承により大きく夢が広がる

今後の展望として、道路沿いにオープンテラスのカフェを作る予定です。また、新しい観光地として「すぎうらんど王国」を、ホタルが舞う里にすることを計画しています。残念ながら、そのためのクラウドファンディングは目標額に達しませんでしたが、活動に共感した三笠市長が、職員から寄付を募って届けてくれるなど支援の輪が広がっています。

工事関係者の宿舎であった温泉旅館は、杉浦さんたちの努力とひらめきによって、生まれ変わりました。事業を継承するだけでなく、その後にどのように活用していくか。無限の可能性を示す取り組みは、全国の継承者の参考になることでしょう。

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