事業承継ストーリー

大好きが溢れすぎて。200年の伝統「佐土原人形」をこよなく愛する女性が初の第三者承継

400年以上の歴史があるとされる、宮崎県指定伝統的工芸品「佐土原人形」。佐土原町にある「ますや」は、約200年佐土原人形の工法を受け継いできた伝統ある老舗です。江戸時代にはいくつもあった人形稼業も、現在まで窯元として続く店舗はますやのみ。ますやは皇太子時代の昭和天皇から賞状を授与されるなど、佐土原人形の名店として技術を守り続けてきました。

2018年10月、ますやの歴史に新たな灯が灯されました。7代目にして初めて、親族以外の第三者承継が行われたのです。

7代目窯元として伝統のバトンを受け継いだのは、延岡市出身の下西美和さん。元々は佐土原人形のファンだった下西さんが窯元として事業承継するまでには、9年の年月をかけて培った先代との強い絆のストーリーがありました。

▲左から、阪本由美子さん、阪本兼次さん、下西美和さん

佐土原人形に「ビビビ」と一目惚れ

宮崎県総合博物館で非常勤職員として働いていた下西さん。パワースポット巡りが好きで、全国のお守りや絵馬などを集める中で郷土玩具に魅了され、作り手の想いを知るべく郷土玩具の製作所を訪ねてまわっていました。

佐土原人形に出会ったのは10年前。博物館に並べられた古い佐土原人形に「ビビビ」ときたと言います。

下西さん「佐土原人形は、正面からは大きい人形に見えますが横から見ると5センチほどしかないんです。なんでこんなに細くて背が高いものが立っていられるのだろうというギャップに惹かれました。佐土原人形の魅力は素朴さの中にある存在感です。一体でも様になるところが素敵だなって思いました」

▲素朴な味わいと色彩が特徴の佐土原人形。100〜180年受け継がれてきた型を大切に使い製作されている

佐土原人形の魅力に惹かれ、ますやの工房を訪れた下西さん。6代目窯元の阪本兼次さん由美子さんご夫妻は温かく迎えてくれました。

下西さん「人形を作ってみたいとお願いすると、快く“いいよ”と言ってくださいました。今思えばそれは、一般的な人形教室のような、誰にでも経験をさせる意味での開放的な“いいよ”だったのですが。はじめは当たり障りのない土人形の作り方を教わりました」

人形作りの面白さにのめりこんでいった下西さん。毎週休日に通い続け、4年目にしてついに「佐土原人形」の製作に携わることを許されます。

下西さん「先生が持っている古い型に絵付けをするところから始めました。最初から一番大きいのがいいって言って、先生はこの子は何を考えてるんだろうって思ったそうです(笑)。さらに数年後、仕上げ拭きを教わり、人形の白だけを塗り、赤だけを塗り…というふうに少しずつステップアップしていきました。

先生との距離が縮まったと感じたのは、6年目に自宅にお邪魔するようになった頃です。今ではおじいちゃんと孫のようだと言われます。もちろん人形に関しては全く別で、厳しい師匠と弟子という関係です」

佐土原人形の伝統を途絶えさせたくない

100180年前の土でできている貴重な型の使用を許されるようになり、修行も軌道に乗ってきた7年目。先代から衝撃の決断を告げられます。

「ますやを閉じようと思う。自分の代で終わらせる」

佐土原人形という素晴らしい伝統文化を途絶えさせたくない。下西さんは悩みに悩んだ挙げ句、先代に「承継したい」という想いを伝えます。

下西さん「はじめは遠慮もあり“継ぎたい”という想いを口にはできませんでした。でも、伝統は一度途絶えてしまったあとの復活は難しい。今自分が承継しなければ、佐土原人形がなくなってしまったときに絶対に後悔すると思いました。もちろん自分にできるかという不安、収入面や博物館の仕事をやめる葛藤もありましたが、やはり佐土原人形を残したいという気持ちが勝ったんです。

先生に直訴したときは、継ぐことは承認するけど“ますや”の看板は下ろすから私の名前で新しい店を出すように言われました。それは先生なりの私への気遣いだったのだと思います。でも私は、代々続いて地域の人に愛されてきた“ますや”の名前を残すことに意味があると思いました」

▲古地図にも載るますや。元は造り酒屋で升で量り売りをしていたのが店名の由来

先代の阪本さんは、半年間熟考した結果下西さんの想いに答えを出しました。

「7代目窯元としてやってみなさい」

200年の歴史を刻む「ますや」に初めて血縁以外の窯元が生まれた瞬間でした。

下西さん「先生からは“残したいという気持ちは嬉しいけれど、がんじがらめにならずにもう駄目だって思った時には辞めていいんだよ”と話がありました。継ぐ方も継がれる方も伝統を残したいっていう一本の気持ちがあって、けれどそこに収入や現実問題の葛藤もあり、その中で思いやりを持ちながら何を残していくかというのが大切なのだと思いました」

第三者だからこそ、魅力を声を大にして伝えられる

2018年10月に7代目を承継。翌年4月には調印式が行われ、県内でも話題となりました。現在は運営から製作まですべて下西さんが請け負い、InstagramやFacebookを駆使したPRにも力を入れています。

下西さん「私は第三者だからこそ、外から見た佐土原人形の魅力も理解していますし、身内なら謙遜することも遠慮せず声を大にして伝えることができます。SNSなどで発信していくことでより多くに知っていただくこともできますし、第三者が入ることでなんとなくオブラートに包んでいたものがクリアにある。それが私の強みだと思います」

窯元としての日々が始まり、生活も製作環境も大きく変わりました。

下西さん「これまで先代が行っていた経営や書類書き、発送作業などもすべて一人で行うので、人形と向き合う時間が短くなりました。以前は指示された注文を作るだけでしたが、今は店舗や佐土原人形の将来を見据えながら今やるべきことに優先順位を考えながら行っていく必要があります。

光熱費は自身で賄い、干支の製作をする12月は毎日3時半に起きて型入れをします。窯の電気代は非常に高く正直苦しいですが、新しい物に買い換える余裕もありません。しかしこれらは承継する前から分かっていたことなので、解決法を考えながら試行錯誤しています」

時代のニーズが変わっても佐土原人形を必要としてくれる方は確実にいる

▲佐土原人形の型。100〜180年続く貴重なものも。土型が用いられている

時代の変化に伴い、日本の多くの伝統工芸品が売上減少や後継者不足の問題を抱えています。佐土原人形も多分に漏れず、まさに今さまざまな課題に直面しています。

下西さん「材料費の高騰などにより従来の価格で販売するのは難しく、30年ぶりに値上げをしました。それでも人形が全部売れるわけではなく生活は厳しくなるので、これからは普及とは別で利益を出さなくてはと考えています。たとえばカタログが充実していれば店頭に人形を飾らなくてもいい、など時間をかけて効率のいい売り方を模索しないといけません。売上を上げないとだめだよって言われるけど上がらないよっていう現実もあって、人とご縁ができる度に色んなアイデアをいただくのですが、それを形にできない自分に葛藤を感じます。

昔は初節句に必ず佐土原人形を送るという風習もあったのですが、今は設置する場所がなかったり生活様式の変化で馴染みがないんです。でも佐土原人形から離れていた方も、ご自身に孫ができると“あ、佐土原人形があった!”と言って来られる。時代のニーズが変わっても佐土原人形を必要としてくれる方は確実にいると感じています」

10年後には「宮崎と言えば佐土原人形」と言われるようになっていたい

それでも、下西さんの目は前向きに未来を見据えています。

下西さん「やりたいことはたくさんあります。まず地域の学校と連携して、子どもたちに宮崎の伝統文化を知ってほしい。小学校の生徒が見学に来たり、幼稚園でワークショップをしたりと、一歩ずつですが進んでいます。

次に普及に力を入れたいです。よく新聞見たよって言ってくれるお客様もいらっしゃるのですが、佐土原人形を知らなかったという方が多くて…。今後は県内で巡回展やワークショップをしたいです。地元にこんなに素晴らしいのがあるんだよというのを知ってほしいですね。

そしていずれはデザイナーを入れて箱や袋を統一しブランディングをはかりたいです。ただし卸先の選別は慎重にしています。先方の飾り方一つでおしゃれに見えたりと勉強になる一方、佐土原人形が全く違う風に広まってしまう怖さもあります。佐土原人形という本来の姿を残すために何を重要視すべきか日々考えています」

▲毎年デザインを考案し製作する干支の土鈴

下西さん「大変なこともありますが、継いでよかったと常々感じています。お客様の嬉しそうな顔を見るのが続けててよかったと一番思うところです。古くから伝わる技や工法がある以上、それを次に伝えていくことが今の私にできる最大のことです。佐土原人形がいずれ文化財になると信じているので守らないといけないという責任は増していますし、材料1つでも気を張って管理をしています。

10年後には佐土原人形がブランド化していて誰でも知っている、宮崎と言えば佐土原人形と言われるくらいまで知名度を上げていきたいです。地域の人に誇りにしてもらえるのが目標です!」

中川政七商店や無印良品やでも取り扱われ(大黒鼠の人形が無印良品のポスターに採用!)、全国規模でその魅力が再発見されている佐土原人形。宮崎の宝とも言える伝統文化が7代目窯元によってどのように花開くのか。今後の発展に注目です!

文・齋藤めぐみ 写真・黒田勇輝

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