こちらの案件は、成約済みです。

譲渡希望金額 800,000円

奥ニシタチにひっそりと佇む「bar gifter」の後継者になりませんか?

宮崎の中心市街地、ニシタチを抜けたところにある六本木?

夕暮れ時、宮崎一の繁華街「西橘通り(通称:ニチタチ)」を擁する商店街、一番街はにわかに活気づきます。

人々は急ぎ足で夜のニシタチへ。今日も美味しいお酒と美味しい肴で一献、というのが多くの宮崎県民の小さな楽しみ。

そんなニシタチの奥地、”奥ニシタチ”とも言える場所に、知る人ぞ知る飲食店が入居するビルがあります。今回、引き継ぎを決めたお店「bar gifter」も入るニュー六本木ビルです。

一番街をまっすぐ抜け、霧島の看板を横目にまっすぐ進むと

ニシタチのランドマーク「東天閣」さんの隣にそびえ立ちます

ニシタチの、いろんな空が見えるバー

bar gifterはニュー六本木ビルの4F。エレベーターを降りて目の前の角立地。

一番街からは徒歩1分程度で、同じビルには趣向を凝らしたスナックやバーがところ狭しと並んでいます。

ちなみに宮崎県は人口あたりのスナックの数が全国1位。そんな中に、中心部から少し離れた場所にひっそりと佇む立地は、どこか高級感を漂わせます。

店舗に到着し、ドアを開けると・・・

まず目に入るのが、とても開放感のある大きな窓!宮崎の街中が一望できます。

夕暮れが近づくと、だんだんと幻想的な雰囲気に。

▲窓からはニシタチのネオンがきらめく

席数は約20席弱とそんなに多くないのですが、この窓と景色が相まって、窮屈さは全くなく広々と感じる店内。ニシタチには星の数ほどスナックやバーがあれど、中々この景色を堪能できるお店には出会えません。

「ひとりでできるキャパというのを基準に探すと、どうしても窮屈さが出てくるのですが、この物件は窓で開放感が出るのが決め手でした」

そう話すのはbar gifter オーナーの浜根冬馬(はまねとうま)さんです。

知人が一人もいない宮崎で奮闘してきた青年

浜根さんは和歌山県出身の28歳。大学卒業後、地元の金融機関に就職したのち、海外へ。カナダとニューヨークの飲食店で経験を積み、ひょんなきっかけで宮崎へ移り住みました。

浜根さん「ニューヨークの店の姉妹店が宮崎にあって、ビザの更新で2ヶ月くらい帰国しないといけなかったときに、“することないんだったら姉妹店手伝って”と言われたのがきっかけです。大学時代に自転車で日本一周したときに宮崎に立ち寄って気に入ったのでいつか住んでみたいと思ってました。

働き始めたらニシタチの面白さにハマっちゃって。色々と調べていたのですが、3,000円飲み放題という宮崎独特の文化って差別化が難しいじゃないですか。でも逆にそのほうが自分の好きなことをお店のカラーにできると思ったんです」

▲老後は関西でカレー屋を開くのが夢。barで人気のカレーと、開業当初の浜根さん

最初は日銭が稼げて勉強になればいいという気持ちで独立したという浜根さん。しかし、予想以上にうまくいき、半年で初期費用を回収、その後も順調に経営をしてきました。

もちろん、相応の努力はしてきた、と浜根さんは語ります。

浜根さん「県外の人間が一人で開業だったので、同級生の来客なども見込めませんでした。なので、同業者のお店にマメに顔を出したり、経営者団体に所属したりと頑張って営業してきました。だんだんお客さんも増えてきて、来店したお客様に『閉まってた』と言われるのが嫌だったので、帰省時以外定休日もなく働いてきました(笑)」

順風満帆なように見えがちだけれど、飲食店経営の基礎的な努力は必要不可欠。地道な研鑽を重ね、経営を軌道に乗せてきたのです。

いずれ、ここを出るときを想いながらつけた店名「gifter」

では、浜根さんは、なぜこれほど順調なお店を引き継ぐことを決めたのでしょうか。

そこには強い決意がありました。

「20代のうちにもう一度海外でチャレンジがしたくて、次はジョージアに行きたいと思っています。ジョージアはバックパッカーにとっては有名な場所で、一度住んでみて今後生きていく上で必要なスキルを身に付けたい。今回の譲渡資金もその渡航費用などに充てたいんです」

開業以来黒字を続けるbar gifter。浜根さんはどんな人にあとを継いで欲しいのでしょうか。

「この仕事は、たしかにお酒を扱うという意味では体力的にしんどくなることもあります。でも、いろんなお客さんと話ができるようになるし、深く関わっていける。そこがなんと言っても醍醐味だと思います。歳は何歳でも構わない。いずれ起業するために経験を積みたい人、僕みたいに宮崎に来たい、移住したい人など歓迎です。新しいことを始めたい夢を持った人であれば学生さんでも、次の日から営業できる状態でお渡し致します」

店名は、その気持ちにも由来しているそうです。

「gifterには色んな意味をこめたのですが。その中の一つに、いずれここを出るときに次の想いをもった人に店ごと譲りたい、そんな気持ちで名付けました。バトンタッチって意味も最初から込めているんですよね」

“奥ニシタチ”で、この想いを引き継いでみませんか?

ニュー六本木ビルに差し込む夕日

浜根さんが約3年間運営してきた「bar gifter」。

今年4月以降は新型コロナウイルスの影響を受けましたが、順調に黒字経営を続けており、3年目は年間売り上げで見ると過去最高となる見込み。

ニシタチでお店を出したい、宮崎に移住したい、そんな想いをお持ちの方はぜひbar gifterの継業を検討してみませんか?

ここニシタチで、次なるgifterに出会えることを楽しみにしています。

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