宮崎のまちカルチャーを牽引してきたシンボル「CORNER」を次世代へ

宮崎に新しい風を吹かせた、全く新しい繁華街のサードプレイス

2008年、宮崎の中心地 一番街のど真ん中に突如現れた全面ガラス張りの建物。

いわゆる「宮崎らしからぬ」風貌に驚き「これは何なんだろう」と呆然と見つめる市民の姿がありました。

それは、当時商店街の理事として活躍していて、宮崎の次世代のまちづくりのパイオニア的存在であった村岡浩司さんが手掛けた宮崎の新しいカルチャーを体現する場所。宮崎のサブカルチャー・クラブ音楽・ファッション・お酒などを融合したナイトカルチャーの集結体である「CORNER」です。

<2008年、オープン当時の写真>

当時の宮崎にはなじみが薄かった、性別を問わず多世代が楽しめるナイトカルチャーの新しい風。CORNERが目指したのは「バルスタイル」と呼ばれる、気軽に一人でも入れて誰とでもすぐに仲良くなれるようなサロン的な文化でした。はじめは全面ガラス張りというトガった外観や雰囲気に躊躇し、お客さんがあまり入らなかったといいます。しかし、新しい宮崎の夜の楽しみ方は11年の年月をかけて着実にこの地に定着し、今では一番街を代表する文化となりました。

今年9月には11周年記念パーティーを開催。300人近い人が参加し、Kyoto Jazz Massiveの沖野修也氏、松浦俊夫氏、須永辰緒氏、Dazzle Drumsなど、東京でも滅多に揃わないようなレジェンドと言われる方々が全国からお祝いにかけつけました。毎年恒例となった年末の忘年会には、こうしたCORNERを愛するDJの仲間をはじめ、地元のお客様が多数集まり一番街商店街の一角がまるで外国の街角のように盛り上がっていました。

いつからか意識した“まちづくりの主役からの卒業”

10代をアメリカで過ごし20代には宮崎で初のビンテージショップをオープンするなど、常に地元カルチャーの隆盛を意識してきた村岡さんも今年で50歳になろうとしています。

「地元を愛する者たちが立場や性別を超えて集う“場”をいつも作りたかった」
村岡さんが20代の頃から表現したかったこと、それは多様な個性が自由に羽ばたけるまちの姿でした。

「もう僕の次の世代がこのまちの担い手として中心であるべきであり、昔から予感していた“まちづくりの主役からの卒業”の瞬間をいつからか意識するようになっていました。」

CORNERを通じて表現したかったまちの風景が少しだけ見え始めた今だからこそ、この場所をさらに輝かせてくれる方に引き継ぎたい。その想いが10年の月日を経て強くなり、この「CORNER」に一区切りをつけ次の世代に託すことを決意しました。そして村岡さん自身も次のステップへ羽ばたこうとしています。

「まちの当たり前の存在」よりも「まちの異質な存在」であり続けるために

若い頃に単身アメリカに渡り、アンティークの家具やビンテージ衣料のバイヤーをしていた村岡さん。地元の高校を卒業後すぐに18歳で降り立った異国の地は刺激に溢れており、古き良きアメリカンカルチャーに触れて宮崎とは真反対の世界があることを知り、帰国後宮崎では初となる古着屋やレコード屋をオープンするなど、90年代の宮崎のストリート文化を牽引してきました。「CORNER」にはそんな村岡さんが培ってきた地元への想い、攻めの精神が詰まっています。

そんなCORNERを次のオーナーへと承継すると決断するに至るまで、どのような想いがあったのでしょうか。

村岡「昨年の11周年パーティーで目の前に広がる風景に感動しました。ずっと自分が目指してきたものを表現できたというか、やり切ったという感じが湧き上がってきました。同時にこれ以上のものはもう僕にはつくれないと思いました。僕の中のひとつの区切り。この場所は新しい方に託して、CORNERも僕自身も次のステップにいくときだと自然と思えたんです。

もはや、この場所にこのスタイルでのCORNERがあることは当たり前の風景になったような気がします。ただ、次代を作るのは、いつの時代もちょっとだけ“異質な存在”です。変わることは悪いことではない。まちの動きを停滞させないため、CORNERがこれからも“まちの文化を牽引する存在”あるため、常に新陳代謝は必要です。僕にとっては、CORNERが新しいカルチャーの提言である以上、まちの当たり前の風景におさまった瞬間に意義がなくなってしまう。CORNERは常に次の時代を予言する存在、エッジのきいた存在でありたいと思っていました。」

引き継ぎたいのは「2つの精神」だけ

村岡さんが引き継ぎたいのはハコよりも精神。「CORNER」の名前の由来ともなった2つの精神です。①この街角でさまざまな人たちが出会って新しいものが生まれる場所であること

①この街角でさまざまな人たちが出会って新しいものが生まれる場所であること
②常にまちに寄り添い続ける存在であること(I’m on your Corner)

CORNERとは、文字通りストリートコーナー(街角の発信地)であり、文化は街角のカフェから生まれるという信念。そして、もう一つの意味は「あなたの傍にいるよ、僕はあなたの味方だよ」という地域へのメッセージ。ずっとまちに寄り添いまちを作るための基点を作ってきた、まちづくりの一部でもあります。

村岡「名前が残る残らないなどは二次的なものですし、次のオーナー像というのはありません。店を全部壊してスケルトンにするもよし、様式を全部変えるもよし、引き継ぐ人の解釈で自由に新しいCORNER像をつくってもらうことは大歓迎です。ビックリ箱のように僕たちにも驚くような仕掛けをして大繁盛してくれたら嬉しいです!」

二人三脚でCORNERを守ってきた

村岡さんとは高校時代からの縁で、かつて村岡さんが経営していた古着屋「PICKEL」の常連。そして、約20年間行動をともにする、株式会社一平代表取締役社長の鬼束文士氏。村岡さんからCORNRE承継の話を聞いたときは「ありだな」だと思ったと言います。

鬼束「今でも開店時のレセプションは印象に残っています。お客様にお披露目するときの緊張感とか失敗談とか、必死でしたね。

当初は全面ガラス張りで外から丸見えの先進的な内装でした。時代を先取りし過ぎたのかもしれませんし、こんなカフェでかっこつけるのが恥ずかしいという県民性もあったのかもしれませんが、定着するまでの当初数年間は本当に苦労しました。少しずつ常連さんが増えていき、地域に支えられて、CORNERが目指すスタイルやナイトカルチャーが根付いていったと実感しています。そうやってつくってきたCORNERが、次の誰かが想いを継いでくれて、さらにユニークな存在になっていくといいなと思います。」

大胆に挑戦して、CORNERを新しいものに変えていってほしい

CORNERが、宮崎が、そして村岡さんや従業員皆さん、引き継ぐ方が。みんなにとってのチャレンジであり前向きな一歩となる今回の承継。これから村岡さんや一平の皆さんは、「九州パンケーキカフェ」を世界に向けて展開していく、その節目の年だと語ります。

「誰かが作ってきたものを引き継ぐって、とても勇気の要ることだと思うんです。でも、当たり前ですが、次のオーナーさんには思い切ってCORNERを新しいものに変えていってほしい。むしろ僕らができなかったことを、新しい方は大胆に挑戦できるはずです。僕がいつの頃からか囚われていた、“中心市街地への想い”とか“まちへの貢献”とか、そういった重たいテーマを肩から降ろして、いち飲食業のチャレンジとして考える最高の“場”への挑戦であるべきだと思っています。

この場所が、次はどんな風景になるんだろうなあ。イメージするだけでワクワクします。僕自身も今度は、ただのお客さんとしてこの場所を愛し続けたいと思います。いつまでもこの街角の店が輝き続けることを心から願っています!

僕らは僕らの新しいチャレンジが待っています。今度の舞台は九州全域だし、アジアの国々です。いったん、この場所からは“卒業”しますが、またいつか何かの形でニシタチ(※)に必ず帰ってこようと思っています!」

11年間培ってきた信頼や歴史をベースに、新しい風を再び宮崎に。承継をステップアップのチャンスにして、一番街のど真ん中から宮崎を掻き回してみませんか?

※宮崎市中心市街地繁華街の通称

村岡浩司氏プロフィール
株式会社一平代表取締役会長
“世界があこがれる九州をつくる”を経営理念として、九州産の農業素材だけを集めて作られた九州パンケーキミックスをはじめとする、「KYUSHU ISLAND®/九州アイランド」プロダクトシリーズを全国に展開。アジア圏への進出を進めている「九州パンケーキカフェ」は、食による日本の地方創生モデルとして話題を呼び、台湾(台北)では予約の取れないカフェとしてブームを巻き起こしている。地元宮崎を中心として多数の飲食店を経営する一方、九州各地にて様々な地元創生活動や食を通じたコミュニティ活動にも取り組んでいる。メディア出演:カンブリア宮殿、NHKワールド、日経プラス 10、日経ビジネス、東洋経済 他多数。ローカルイノベーター55選、日本を元気にする88人(フォーブス JAPAN)に選出。「第1回 九州未来アワード」大賞 受賞。ICC サミット 2019「クラフテッドカタパルト」優勝。著書に「九州バカ世界とつながる地元創生起業論(発行=文屋 発売=サンクチュアリ出版)」。
公式ウェブサイト https://ippei-holdings.com

店舗名
CORNER/コーナー(運営:株式会社一平)
HP:http://www.corner-cafe.asia/
2008年9月オープン。創業 11年。
所在地
宮崎県宮崎市中央通り3-1
譲渡希望金額
3,000万円
※ただし、想いを最重要視したいので、状況に応じて検討します。
譲渡理由
グループ全体の事業再編に伴う、今後の事業展開における選択と集中のため
顧客/土地情報
店舗が面する交差点は宮崎市中心市街地を代表する繁華街、通称“ニシタチ”の入り口にあたり夜の人通りが大変多い場所です。現在は30-40代がメインで、男女比6:4で男性がやや多い顧客構成となっています。
諸条件
希望に応じて、代表の村岡が事業譲渡後も一定期間アドバイザーとして関わらせて頂くことは可能です。
求める人物像
繁華街のシンボルとなる新たな飲食店舗として、この場所を進化させてださる方。
年齢や経験は問いませんが、しっかりと責任を持った経営をしてくださる方を望みます。
譲渡対象資産
店舗資産一式
財務状況
負債なし
応募資格
法人、個人どちらでも可
募集期間
2020年2月29日まで
選考プロセス
一次選考:書類選考 → 二次選考:面談(現地orオンライン) → 三次選考:面談(二次選考でオンラインの場合の方のみ)→内定
過去の法令違反などの有無
なし
過去の税務調査での指摘などの有無
なし
会社組織に関連する人の反社会勢力の有無
なし

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